雨を待ちわびて

「今頃、遅いって、…言わないでくださいね」

「大丈夫だ。そんな事は言わない」

事件の事なんだな。

「…はい。あの…、川喜多さんて、殺されてしまった人の事なんです」

直が、俺の胸に頬を付ける。

「…うん」

「あの人、私、会った事があったんです。夢を見るまで…その日の嫌な事と一緒にしまい込んでいました」

「どこで会ったんだ?」

「…会社です。あの人、受付をしていた人でした。…綺麗な人でした。私が社長に呼ばれてエレベーターを待っているところに、上から下りて来ました」

川喜多直海は柳と少なくとも一度は関係があった…という事か。不知火は知っていたのだろうか…。早島有希が知っていたなら聞いていたかも知れないが。

石井は川喜多に会った時、事件の概要は話したはずだが。直の名前を出しても、何も反応しなかったという事か。
…もう関係無いと思ったか。関わりは持ちたく無いと、敢えて語らなかったのかも知れない。石井、詰めが甘いな。
直は大丈夫なのか、こんな話。淡々と話すと心がどうなっているのか心配になるのだが。でも、話したいと思って自分から話しているから、いいのか。

「それで、知らないはずなのに、私の名前を知っていて。可哀相にって、言われました」

可哀相。これからされる事にだ。つまりそれは、川喜多直海も、何かしらされたと言う事で間違いないという事だ。

「私はその後…、呼ばれた意味がよく解らなかったけど、可哀相にって言われたから…叱られる事なんだと思って、社長室に入りました。入ってドアが閉まると勝手に鍵がかかりました。えっ?て思いました。
だけど…馬鹿だから、…社長室って、セキュリティ上、こんな造りにしてるのかな、なんて思いました。
だけど…そんなポワッとした思いは、直ぐに…違うって解りました。
大きなデスクに押し倒されて、社長に無理矢理着ている物を脱がされ、犯されました。一生懸命抵抗しました。叫びました。
声……大きな声を出しても問題無いって…。…暴れないでくれよって。傷付けたくないからって。
そんな様子…最初から最後まで撮られていました。写真も…何枚も何度も撮られました。その場で見せられました。
…その日なんです、会ったのは。
だから、ずっと、記憶の奥にしまい込んで終いたかったんだと思います。だから…今、こんなに遅くなってから…」

抱きしめていたまま、黙って頷いた。
頭をもっと俺に押し付けて、背中を撫でた。……直。

「その後、川喜多さん、会社を直ぐ辞めたんです。
何となくの記憶ですが、社長の言う事を聞かなかったからだって、誰かが言っていた気がします。
きっと、川喜多さんは強かったのだと思います。
あんなモノで脅されても、跳ね退けたのだと思います。
そう思うと、社長もそんなに強い人では無かったのかも知れませんね…。強く言われて拒否されたら、それ以上は話を進められなかったのかも知れないです。…また、別の…言う事を利きそうな…従順な社員を探せばいいと思ったのでしょうね…」

…そんな事は誰にも解らない。強くは無い男だと思っても、みんながみんな…そんな事をされた後で、果たして男に抗えるものか?
余程強い精神の持ち主でないと出来ないだろう。言い方は悪いが、普通に生きて来た者では無理な話だ。
…屈してしまって当たり前なんじゃないかと思う。
< 42 / 145 >

この作品をシェア

pagetop