愛しすぎて、寂しくて
オーナー ハルキ vol.3
アタシはカオルが居なくなった後、
暫く抜け殻状態だった。

マスターは戻ってくればいいと言ったけど
アタシは自分の気持ちが信じられなかった。

死ぬほどマスターが好きなのに
カオルに気持ちが揺れたのは確かだ。

身体は裏切ってないけど
心はカオルに傾いた。

マスターはその事を責めたりしないけど

「離れようなんて言うべきじゃなかった。」

と言った。

マスターは自分がアタシの手を離してしまったことで
アタシが心変わりしたことより
カオルに出会って傷ついてしまったことを後悔していたみたいだった。

「許さないで。」とアタシは言った。

マスターは
「許したくないけど惚れてるから許すしかない。」
と言った。

マスターの気持ちが少しだけ重かった。

愛されば愛されるほどアタシは自分が許せなくなった。

マスターの所にはまだ戻れないでいる。

マスターはあれからたまにオーナーと話をしていた。

何の話かは教えて貰えなかったけどアタシのことに違いない。

風が冷たくなって海沿いのこの店は
観光客より常連客が多くなった。

ハロウィンが近くなるとアタシは店の模様替えをする。

その日の午後、アタシは大きなカボチャの置物を物置から引っ張り出していた。

突然オーナーがやって来た。
高そうな秋らしい色のツイードのスーツがとても似合っている。

「あれ、まだ昼なのに珍しいね。
会社は?サボり?」

「今日の午後は大した予定もなかったから休ませてもらったんだ。
もうハロウィンか…一年は早いなぁ。」

オーナーはアタシの持っていた大きなカボチャの置物を入り口まで運んでくれた。

「ジュン、ちょっと話がある。」

アタシはオーナーのお気に入りのコーヒーを淹れ
カウンターに座っているオーナーの前に置いた。

「話って?」

もしかしたら辞めさせられるかも…
覚悟は出来ていたが実際言われると思うとやっぱり怖かった。

「お前をこのままここに置いとくことは出来ない。

理由わかるよな?

ジョウとも話したが…
俺がわかった以上放置するわけにはいかない。

店内恋愛がダメな理由がわかったか?

何があったか知らないがジョウとお前はおかしくなって…
職場の雰囲気を悪くしただろ?
お前はまともに働けない時もあった。」

「マスターは何て言ったの?」

「自分が辞めるからお前を許せって言った。」

「まさか、マスターを辞めさせるの?」

「まさか!あの契約はお前とだけしか交わしてない。
ジョウは女の事で仕事に支障をきたすほどバカじゃないからな。

それにジョウほどの男を見つけるのは大変だ。

もちろん出来損ないのお前に責任をとってもらう。」

アタシはとうとうクビになるみたいだ。
緊張してオーナーをまっすぐ見ることが出来なかった。

「この店には来なくていい。

その代わり知り合いの店で働け。

社宅はそのまま貸してやるし、給料も変わらない。

いいか、これは契約違反だ。
クビにしないだけありがたく思えよ。」

どうやらアタシは左遷されるみたいだ。

「crystal dragon知ってるな?」

crystal dragonは高台にある見晴らしのいいレストランだ。

シェフはイタリアの有名店に居た人で
ちょっと名の知れた店だ。

雑誌に載ったり、テレビのロケに使われたりして
わざわざ地方から食べに来る人もいる。

中は食事する場所と、バーカウンターに分かれていた。

「そこのバーで暫く働かせてもらってこい。」

オーナーはcrystal dragonのオーナー兼支配人の花邑リュウタロウと古い友人だった。

お互いに金持ちの息子で物心ついた時からの知り合いで
ずっと同じ学校へ通い
育った環境が似ているので
何かと比較されてきた。

友達というよりライバルみたいな関係だった。

「これって左遷だよね。
アタシはここに戻って来られるの?」

「研修だ。あの店で働けるなんて左遷どころか栄転だろ?
色々勉強させてもらえるよ。

ただオーナーの花邑リュウタロウは女好きだからそこは気を付けろ。

それとジョウとの事は…
ま、それは後で話そう。」

マスターにその話をしたら既に知っていたようだった。

「crystal dragonはいい店だからきっといい経験になる。

ただ花邑さんはいい人だけど心配だ。
女好きで有名だから。」

勤務時間が終るとオーナーと二人で
挨拶と見学を兼ねてcrystal dragonに食事に行った。

大きな門を抜けると手入れの行き届いた庭があり
店の名前の通り、大きなクリスタルの龍の像があった。

「イタリアンぽくないね。」

「だろ?アイツの趣味はどうかしてるんだ。」

ここのオーナーは自分の名前からなのか
龍が好きらしく色んな龍の像の収集家でもあった。

店内はキラキラとしたクリスタルのシャンデリアがあって
高級感はあるがかなり派手な内装だった。

客層は思ったよりカジュアルで若い人も多かった。

「いらっしゃいませ。」

そこに立っていたのが噂の女好きなcrystal dragonのオーナー花邑リュウタロウだった。
オーナーのライバルだけあってなかなか素敵な人だった。

「支配人の花邑です。」

「あ、鮫島ジュンです。来週からお世話になります。」

「可愛いな。いくつだっけ?」

女好きの香りがプンプンしてきた。

「25です。」

花邑はアタシを上から下まで舐めるように見ている。

その視線にオーナーが気づいた。

「お前、こいつに手を出したら店潰すからな。」

「ジョウと出来ちゃったんだって?
あのジョウとねぇ。
なるほどねぇ。
それでハルキがヤキモチ妬いて飛ばすんだ?」

「うるせぇ。つまんねーこと言ってないで飯食わせろよ。」

なぜオーナーはアタシをこの店に預けるのだろう?
花邑は見るからに軽そうな男で
アタシは少し不安になった。

crystal dragonのご飯は本当に美味しかった。
器や盛り付けも綺麗で目でも料理が楽しめた。

「派手だけどいい店だろ?
アイツはああ見えてもスゴいヤツなんだ。」

「でもカフェで働いてたアタシに勤まるかな?」

「俺はジュンにもっと広い世界を見せてやりたいんだ。」

アタシが働かせてもらうバーで少し飲んで
オーナーの家に行った。

オーナーの家はcrystal dragonのすぐ近くだった。

初めて見たオーナーの家はホテルみたいに大きかった。
門から玄関までかなりの距離があった。

敷地で運転の練習も出来そうな広さだ。

「初めてだっけ?」

「うん。ビックリした。
ここに一人で住んでるの?」

「今はお袋と姉貴が東京の家から遊びに来てる。」

「え?お姉さんてリョウコさん?」

オーナーの姉は結婚してニューヨークに居たはずだ。

「旦那とケンカしたとかでこっちに帰ってきてる。」

アタシはお母さんにもお姉さんにも逢ったことがある。

お母さんのケイコさんは優しくて素敵な人だった。
おっとりしててちょっと天然な所が可愛らしい。

お姉さんのリョウコさんは明るくて面白くてサバサバした人だ。
誰とでも仲良くなれそうな魅力的な人だった。

とにかく二人ともオーナーの家族だけあって美人だった。

「ジュンちゃん!久しぶりね。
元気だった?」

ケイコさんがアタシを見て嬉しそうに迎えてくれた。

「やだ、ジュンなの?大人になったね?
バツ付いたんだって?

今時バツくらい付いたって大したことないもんね。
あたしもう別れちゃおうかな。」

リョウコさんは相変わらずリョウコさんのままだった。

オーナーの家族を見ると羨ましくなる。
温かい家族というのはこういうものなんだろう。

オーナーはアタシとはまるっきり違う環境で生きてきた。

あのときオーナーに拾われなければアタシには一生縁の無い人たちだった。

「オーナーの部屋見せて。」

「別に何にも面白いものなんて無いぞ。」

オーナーの部屋はまるでホテルのスイートルームみたいだった。

キングサイズのベッドをアタシは家具売り場以外で初めて見た。

「うわっ!スゴい!気持ちいい。」

あまりの豪華なベッドに魅せられて寝転んでみる。
今までに経験したことのないクッションだ。

するとオーナーがネクタイを緩めながら言った。

「泊まってくか?」

ビックリしてオーナーの顔を見た。

オーナーはアタシのその反応にビックリしていた。

「この部屋じゃねーよ。
いくつも部屋があるから泊まってくんなら用意させるって意味だ!」

「この部屋でもいいけど。このベッドで寝てみたい~。」

アタシがそういうとオーナーはアタシを睨み付けた。

「そういうこと冗談で言うな。

男はお前が考えてるほど理性的な生き物じゃない。」

「わかってるよ。
オーナーだから言っただけ。」

「俺だって普通の男だよ。
可愛い子がいれば目がいくし、
ミニスカートをはいてればその脚を見るし、

ベッドに女が居たら抱きたいと思うんだ。

だから早くどけっ。」

アタシはベッドから起き上がった。

「お前は俺に安心しすぎだろ?
少しは緊張しろよ。」

オーナーはアタシを部屋の外に出した。

「送るのが面倒だから泊まってけ。
今、部屋を用意させる。」

オーナーがいつもと違った反応をしたから
アタシは妙に意識してしまった。

決して手の届かない人。

オーナーはそのポジションに居てくれないと困る。

下界に降りてきてアタシの手を取ったりしたら
アタシはどうするんだろう。

ふとナナコさんの言葉を思い出した。

急にオーナーが男に思えた。

泊めてくれた部屋にはお風呂もトイレも付いていた。

ホテルの一室みたいだ。

部屋の中を色々見てるとリョウコさんが部屋にやって来た。

「こんなとこに泊まっていいのかなぁ?」

「ここはゲストルームだから好きに使って。

あ、一階に露天風呂もあるのよ。
よかったらはいってくれば?」

オーナーが都心に住まないのが何となくわかる。

毎日ここから会社に行くのは大変だろうと思ったけど
ここには都心に無いものがたくさんあった。

リョウコさんがあまりにすすめるので
せっかくだから露天風呂に入れてもらうことにした。

小さな露天風呂かと思ったけど予想以上に大きい。

木に囲まれていてマイナスイオン効果も抜群だ。

何となく人の気配がして
おそるおそる覗いてみるとオーナーがそこにいた。

「ウソ?」

アタシが思わず出してしまった声に
オーナーが気づいてしまった。

オーナーはビックリして

「早く出ろ!」

と言った。

急いで出るとリョウコさんが笑いながら立ってた。
どうやらアタシたちはリョウコさんにからかわれたみたいだ。

「アハハ…ごめん!もどかしいからちょっとからかいたくなっちゃって!
一緒に入っちゃえば良かったのに…」

リョウコさんの子供みたいなイタズラに引っ掛かってアタシはオーナーと目を合わせられなくなった。

オーナーはあんまり気にして無いのか…
お風呂から出てきても全く変わらなかった。

「見たよね?見たでしょ?」

するとアタシの胸の辺りを見て
「もっと飯食えよ。デカくならねーぞ。」
と笑いももせずに言った。

その時のアタシは知らなかった。

オーナーの顔が赤かったのはお風呂上がりだったからだけじゃなかったってことを…。




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