愛しすぎて、寂しくて
番外編 便利屋 カオル ~美しき依頼人~

美しき依頼人 ユリコ

その夜、オレは依頼の電話を受けた。

「あの…主人の浮気の証拠を掴みたいんです。
お手伝いしてもらえませんか?」

こういう依頼は珍しい。

なぜならオレは探偵ではない。

単なる便利屋である。

次の日オレはRed Coralで依頼人と待ち合わせた。

「今日は仕事?」

相変わらずジュンは綺麗だった。

オレはまだジュンのことを忘れられないでいる。

でもハルキさんと結婚して一児の母となったジュンが幸せならそれでいいと思ってる。

ジュンが結婚してからもオレ達はいい友達だ。

そりゃジュンが望めばそれ以上の関係になりたかった。

だけどオレには致命的な身体的欠陥がある。

ジュンを抱いてみたいと思ってもどうにもならないのだ。

二人っきりの時のジュンはあんなにエロいのに何で役に立たなかったのか…と思うけど…

オレはもう何年も誰とも寝てない。

どうやって女を抱くのかも忘れそうだ。

ジュンはいつもオレのことを心配して気にかけてくれる。

ハルキさんと結婚してからもそれは変わらなかった。

「ここで待ち合わせ?」

「うん。まあな。」

「女の人?」

「そうだけど…違うぞ!
今回はレンタル彼氏とかじゃないからな。」

「ふぅん。きれいな人だといいね。」

ジュンはオレの気も知らずにそう言って茶化す。

この店を愛してて、子供が少し大きくなるとジュンはまたこの店に復帰した。

ジュンの子供は不思議なことにハルキさんよりジョウさんに似ている。

ビックリするほどジョウさんに似てるのだ。

ハルキさんがあんなに可愛がってるから
誰一人疑ってないみたいだが…

オレはもしかしたらジュンの子はジョウさんの子供かもしれないと疑ってる。

もちろんそれを聞いたりはしない。

聞いてもジュンを苦しめるだけだし、そんなことどうでも良いくらいあの夫婦は幸せそうだ。

ハルキさんはきっとその事を知って結婚したんだろう。

ジュンを心から愛してたし…
ジョウさんは色々と複雑だからだ。

ジョウさんが最近大きな事件を起こしたことも知ってるが
ジュンには話さなかった。

今頃は多分塀の中にいるだろう。

ハルキさんはそんなジョウさんの事情を知ってて
あの時ジュンと別れさせたのだ。

オレの事も決して認めなかった。

オレみたいなドン底の人生を歩んでるヤツにジュンは渡せないのだろう。

オレはこの先、ジュンより好きな女が出来るんだろうか?


そんなことを考えていたら時間より少し遅れて依頼人は店にやって来た。

オレはその依頼人に目を奪われた。

清楚の中に色っぽさがある。

何て言ったらいいんだろう?

やけに魅力的だった。

「電話くれた立花さんですか?」

オレがそう聞くと彼女はニッコリ頷いた。

「便利屋さん?」

「はい。」

名刺を出すと

「立花ユリコと言います。」

と彼女が丁寧にお辞儀をした。

「で、依頼というのは浮気調査ですか?」

「てゆうか…私が調べるので同行してもらいたいの。」

「なるほど…。」

そういうケースは珍しかったが
この美人と一緒に行動できるのは悪い話じゃない。

「この前、主人がホテルに入るのを見たんです。
でも…一人じゃどうにも出来なくて…」

男はこんな美人の奥さんが居ても浮気する生き物なのか…?

「ホテルに入ったの見たなら決定的じゃないんですか?」

「それが…ホテルには一人で入ったんです。
しばらく外で見てたけど…出てきた時も一人で…」

「じゃあ浮気してないのかも?」

「いえ、浮気は確実にしてるんです。」

彼女は高級ブランドのハンカチをギュッと握りしめて言った。

「ホテルの中に入ってみないとわからなくて…
なのでその時、一緒に入ってくれませんか?」

「わかりました。」

オレは数日後ユリコから連絡を貰った。

「今日、主人が浮気します。
便利屋さん、付いてきてもらえませんか?」

「わかりました。」

とりあえず浮気調査に使えそうな道具を持って
指定された場所へ出掛けた。

そこで帽子にサングラスをかけたユリコが待っていて
オレはその格好に笑ってしまった。

「可笑しいですか?」

「だって、その格好…かえって目立ちますよ。」

ユリコは恥ずかしそうにサングラスを取った。

「でも…主人に見つかりません?」

「ちょっと待ってて下さい。」

オレは近くの雑貨屋で買い物をしてそれをユリコに渡した。

「まずこれで髪をアップにして。
この眼鏡かけてみて。」

黒いリボンと控えめなパールの付いたバレッタと鼈甲風のだて眼鏡をユリコに渡した。

ユリコは髪を上げ眼鏡をかけてみる。

その姿はなんとも色っぽい。

「その方が自然でいいです。」

「本当ね。」

恥ずかしそうに笑うユリコは可愛いかった。

「あ、来た。あれがウチの主人よ。」

確かに男は一人で来た。

高そうなスーツを着てラブホテルに一人で入る姿はかなり異様である。

「入りましょうか?」

「今、入るの?ダメよバレるわ。」

「俺の影に隠れてください。
それにああいう場所ではお互いあんまり見たりしないでしょ?

こういうホテルはそういう目的で入るっていう後ろめたさがらあるからジロジロ見たりしませんよ。」

「なるほど」

「それに近い部屋に入らないと監視できませんよ。」

「さすがね。付いてきてもらって助かったわ。」

オレは難なくユリコとホテルに入ることに成功した。

かといってユリコと何かする訳じゃないし
ユリコに頼まれても抱くことも出来ない。

「隣に誰か来るのかな?」

ユリコは壁に耳をあてているが聞こえるわけがない。

オレはコンクリートマイクをバッグから出した。

そして聞こえるか反対側の部屋で試してみると案外簡単に声は拾えた。

「それってドラマの探偵とかが使ってるの見たことあるけど

本当に聞こえるの?」

「聞いてみます?」

ユリコは興味津々でそれを耳にあてた。

隣の部屋では情事の真っ最中で
男と女の絡み合う声が聞こえてるハズだ。

ユリコはビックリして耳からはずした。

「ホントに聞こえますね。」

ユリコの顔が心なしか赤らんだ気がした。

「でしょ?大丈夫ですか?
そっちは他人だけど…
こっちは旦那さんですよ?

そんな声聞かされて堪えられる自信がありますか?」

「私、もう旦那の事はどうでもいいの。
ただ離婚したくて証拠を掴んでおきたいの。」

「まぁ、あの声ならオレが聞いておきます。

録音しますよね?」

「はい。証拠を押さえなきゃ。」

ユリコはだいぶ緊張しているみたいだった。

「旦那さんとはずっとうまくいってないの?」

「いいえ。優しくていい人です。」

「なんで浮気してるって思ってるんですか?」

「結婚してから3年になりますが…一度も無いんです。」

「一度も?」

「はい。」

オレは旦那と自分の姿が重なった。

「もしかしたら事情があるのかも…
身体的に出来ないとか…?」

「有り得ませんよ。絶対に居るんです。」

ユリコは何か証拠を掴んでるんだろうか?

そしてしばらくして隣の部屋に来客があった。

オレはその様子をじっと聞いていた。

「誰か来ましたね。」

意外なことに男の声しか聴こえなかった。

「女の声は聴こえませんね?」

ユリコはどんどん不安になったみたいだ。

そして聴いてるうちにオレは気づいた。

「相手は男みたいです。」

妙な声が聴こえてきた。

ユリコは思いもよらない展開に言葉を失っていた。

「旦那さんは多分男しかダメなんでしょう。」

待ってても女が出てこなかったハズだ。

「部屋に行きましょう。
もう言い訳できませんよ。」

オレがユリコにそういうとユリコは首を横に振った。

「このまま帰ります。」

「どうして?」

「あの人はあの人なりに苦しんでいたみたいだから。
これはどうしようもないでしょ?」

「許せますか?
あなたを抱けないとわかってて結婚したんですよ。
そんなのあんまりじゃないですか。」

ユリコの目から大粒の涙が流れ落ちた。

「あの人、多分自分の部下に私を抱かせようとしたんです。
私のこと気に入ってた人がいて
わざと二人っきりになるように仕向けてたんです。

だから私…あの人が好きな女と一緒になるために
私にも浮気させて別れようとしてると思ってました。」

旦那の考えはオレには理解できなかった。

オレがジュンと付き合ってたら
ジュンを他の男に抱かせたりしない。

ジュンが浮気したら多分許せないだろう。

でも…結局ジュンとは付き合えなかった。

抱けないとわかっててジュンを縛っておくなんて出来ない。

ジュンの為って訳じゃなく
それで裏切られて自分が傷つくのが怖かったからだ。

「オレも出来ないんです。」

「え?」

「ゲイとかじゃなくて…
好きな女が居ても役に立たないんです。
オレのココ…使えないんですよ。」

ユリコは少し戸惑っていた。

「だから好きな女は諦めました。
それだけが原因じゃねぇけど…」

「寂しくないの?」

「寂しいですよ。…すごくね。
人肌が恋しいときもあります。」

そんなオレの話を聞いてユリコはオレを抱きしめてくれた。

「肌だけ合わせてみませんか?」

ユリコはオレのシャツのボタンをはずすと
オレの胸に唇を付けた。

何となく妙な気分だった。

ユリコは自分の服を脱いでオレの身体に密着させる。

オレはユリコにキスしたくなった。

「キスしても?」

ユリコは自分から唇を寄せてきた。

オレはユリコの身体に舌を這わせた。

もちろん最後までは出来ないがユリコを満足させる事は出来る。

ユリコは気持ち良さそうに身体をくねらせた。

「ありがとう。」

とユリコは言った。

「こちらこそ。」

とオレが言うとユリコは笑い始めた。

「隣にあの人が居るのにね。
これはれっきとした浮気よね?」

ユリコの中にオレの痕を残せないが
やってることは浮気と変わらなかった。

「これであの人と別れられるわ。」

それからオレ達はたまにあって肌を合わせた。

ユリコの存在はオレの中で愛しいものになっていった。

ユリコとならいつか出来そうな気がしたが
何が原因かわからないが
どんなに思っても結局オレは最後までたどり着けなかった。

そしてある日突然、思いもかけない客が来た。

ユリコの旦那がオレの前に現れたのだ。
< 23 / 24 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop