愛しすぎて、寂しくて
アキラ
アキラはよくカフェに来る客だった。
アタシは何度かアキラに誘われてつき合うことになったが
付き合ってみるとアキラがかなりの束縛男だと知った。

アタシの居所がちょっとでもわからないと
アキラはそこらじゅうを探し回って
見つけるとアタシに苛立って暴力を振るった。

お店のお客さんと仲良く話してたりしただけでもアキラは機嫌を損ねて部屋でアタシを殴った。

おかげでアタシの身体はアザだらけになった。

アタシはそのことをオーナーとマスターにひたすら隠していた。

バカみたいだけどアタシはそんなストレートなアキラが好きだった。

この事を彼らが知ったらアキラとは多分別れさせられる。
もとはと言えばオーナーとマスターのせいでアタシは誰かに女として愛されることを強く願うようになった。

アタシはアキラの嫉妬や執着を愛だと信じ、
どんなにアキラに殴られても離れようとは思わなかった。

一人の男にそこまで思われてるんだと幸せを感じ、
まっすぐ愛してくれるならアタシは殴られるくらい何ともない。

ところがある日、ある女が店にやって来て
アタシは結局アキラを失うことになった。

「あなたがジュンさん?」

腰まである長い髪に10センチはありそうなピンヒール、そして下着が見えそうな位胸の開いた服を着ている女がアタシを訪ねてやってきた。

男はみんな彼女の胸元に一旦視線を落とすだろうと思った。

あのマスターですら…彼女の胸を見てたのをアタシは見逃さなかった。

「はい、ジュンですけど……?」

「まだ、アキラと付き合ってるの?」

「…え?」

「早く別れてよ!
アンタが別れてくれないせいで辛いってアキラが困ってるのわかんないの?」

寝耳に水だ。

アキラがアタシと別れたがってる?

そんな話は今までしたこともなかった。

「あなたはアキラの何?」

アタシがそう聞くと彼女は目をつり上げて言った。

「アキラはアタシと付き合いたいって。
でもアンタが別れてくれないから困ってるって…
アンタにはもう気持ちが無いって言ってるのに
いい加減アキラから離れてよ!」

アキラは昨日アタシを抱いた。

愛してるって言いながらアタシの髪を撫で
アタシはアキラと何度も長いキスをした。

別れたいなんて一言も言ってなかったのに…

どうしていいか分からずアキラに電話をかけた。

「アキラと別れてほしいって女が来てるんだけど…。」

アキラは少し困っていたようでアタシはアキラの気持ちがわからなくなった。

外は雨が降っていて海に近いこの店はこの女の他に一組のカップルが居ただけだった。

「ジュン、外していいよ。店は暇だしな。」

マスターがアタシにこの女と話し合う時間をくれた。

「アキラは来るって?」

女は少し声のトーンが落ちた気がした。

「さぁ。あなたの言ってることが本当なら来ないかも…」

アタシはカウンターを出て誰も居ないガラス張りのテラス席に彼女と二人で座った。

「アタシはあなたの存在を知らないし…
アキラから別れたいって言われたこともない。」

「聞いてないの?」

「アタシたち二人ともアキラに騙されてたのかな?」

ガラスを叩く雨の音が少し強くなった。
彼女はさっきより少し落ち着いたみたいだった。

「アキラとはどこで?」

アタシが聞くと彼女はまた攻撃的な口調になった。

「アタシの勤める店に来たの。」

「店って?」

「この店。」

彼女は蝶の絵の入った黒地に金色の文字で名前がかかれたクラブの名刺をアタシのまえに置いた。

アキラがそんなとこに通ってることも初めて知った。

「知らなかった?
週に三回は来てくれてる。」

「キャバクラかぁ。」

「バカにしてんの?」

「してない。ただ…知らなかったから。ちょっとビックリしただけ。」

そこにアキラがやって来た。

「違うんだよ、ジュン…そうじゃないから。」

アキラがそう言って女はものすごく怒っている。

「言ったじゃない!この女と別れるって!」

そう言って腕を掴もうした女をアキラは突っぱねて思いきり床に叩きつけた。
大きな音がして彼女は倒れた。

「お前は関係無いんだよ!
店で飲んだだけだろ?
同伴してくれって頼んだから付き合っただけだろ?」

思いきりキレて彼女を蹴ったのをみて
マスターが飛んできた。 

アキラはこういうとき感情を抑えられなくなる。
後で死ぬほど反省するくせに…。

奥の席に座っていたカップルがビックリしてこっちを見ていた。

「アキラ!お前何やったかわかってんの?
出てけ!出ろっ!」

マスターはアキラのシャツを引っ張って外に出した。

座っていたカップルに頭を下げマスターは彼女に手を貸して椅子に座らせた。

「大丈夫ですか?」

そしてマスターはアタシに向かって

「ジュン、アイツはダメだ。別れろ。」

そう言うとカウンターに戻っていった。
かなり怒ってるみたいだった。

これで終わりだとおもった。
アタシは大きな溜め息をついた。

その夜、案の定オーナーが店に来てアキラと別れろと言った。
マスターが話したんだとアタシはマスターを睨み付ける。

「お前も殴られたことあんだろ?」

「え?…な、無いよ!」

「嘘いうな。ああいう男は女を殴ることなんて何とも思って無いんだ。」

マスターが横から口を挟んできて
オーナーはまた怖い顔になった。

「アキラここに呼べよ。」

「だから殴られたりしてないってば!大丈夫だって。」

「いいから呼べ。」

アタシは仕方なくアキラを呼んだ。

アキラは正直この二人のことを嫌がっていた。

30分後アキラがばつが悪そうにやって来た。
二人に囲まれて何も言えないまま座っている。

「アキラ、ジュンとは別れろ。わかったな。
話はそれだけだから。」

オーナーはそれだけいうと

「送ってやる」

とアキラの前でアタシの腕を掴み、車に乗せた。

アキラは結局何も言わなかった。

「待ってよ。アキラと話させて。」

「ダメだ!アイツとは2度と逢うな!」

オーナーとマスターはいつだってアタシの相手に威圧的な態度をとる。

「お前の男の趣味はどうなってんだか…」

「ならどんな人ならいいの?

マスターみたいな人?」

「ジョウとは寝るなよ。」

「じゃあオーナーみたいな人?」

「そんなヤツ俺の他に居ると思うか?」

「じゃあどんな人にしたらいい?
アタシは恋しちゃダメなの?」

「しなくていいよ。
お前はいつまでも俺の側にいればいい。」

それはどういうつもりで言ってるのかわからないけど…
確実にアタシの胸を苦しくさせる。

「そんなこと言ったら惚れちゃうんだから。」

「勘違いするな。お前とはそういうんじゃ無いからな。」

アタシは家に着くまでオーナーの肩にもたれて窓の外を見ていた。

相変わらず雨が窓を強く叩いていた。

「ジュン…あんまり大人になるなよ。」

オーナーはそれっきり何も言わずに運転した。

「今日は運転手さん居ないんだね。」

アタシがそう言うと

「だからって俺に手を出すなよ。」

とオーナーは少し笑って言った。

ハンドルを握る細くて長い指がやけにアタシを切なくさせる。

オーナーはこの指でどんな風に女を愛すのだろう。

「コーヒーでも飲んでく?」

「お前に襲われたくないから帰る。」

いつもそうだ。

その堪らないフェロモンを身に纏って
色っぽい言葉を投げ掛けて
アタシをこんなにドキドキさせるけど
最後は絶対に寄せ付けなかった。

部屋に戻ってしばらくすると今度はマスターが訪ねてきた。

「アキラ…お前とはもう会わないって。」

「そっか。」

やっぱりそうだと思ったけど…アキラとこのまま別れるのはあまりにもあっけなくて寂しかった。

その時、アタシは23歳。
もう十分に大人だと思ってた。

回りの大人に引き離されるなんて年じゃないと思ってた。

「大丈夫か?」

「うん。」

返事はしたけどアタシはなぜか悔しくて涙が溢れて止まらなくなった。

「ジュン、大丈夫かよ?なぁ…参ったなぁ。
そんなにアイツが好きだったのかよ?」

マスターはアタシの涙に弱い。

いつもアタシを抱きしめてくれる。

だけど今日のアタシはその手を振り払った。

「勝手に駄目にして、中途半端に優しくしないで。」

こんなときのオーナーの優しさにもマスターの優しさにもうんざりだった。

「ハルキさんも俺もジュンには幸せになってほしいし、
お前のこと大切に思ってるんだ。

やり過ぎだって思うかもしれないけど
お前のこと苦しめる物はなるべく排除してやりたい。

アイツはお前も殴ったって白状した。

絶対に会わせたくない。」

全然わかってないんだ。

オーナーもマスターもアタシが女だってこと。

「そう言うのがアタシを苦しめるのわかんないの?
どうして放っておいてくれないの?
子供扱いしないでよ。
自分のことは自分で何とかするから…
こんなとき抱きしめたりしないでよ!」

「わかってるよ…」

マスターはそう言って泣きじゃくり抵抗するアタシをただ強引に抱きしめた。

その夜マスターはアタシが眠るまでアタシのそばから離れなかった。
もちろん男としてではなく…マスターはマスターのままだった。

次の日アキラに電話をかけると
アキラはもう会わないと言った。

「殴って悪かったよ。ずっと悪いって思ってた。 
何度ももうしないって誓ったけど…ダメだったよな。

ホントはずっとジュンを俺だけのモノにしたかったけど…
お前はいつも嫉妬させた。
ジュンの回りにはいつもあの人たちがいて絶対に敵わないって思ってたよ。」

「あの人たちはお兄ちゃんみたいなもんだから。」

「そうかなぁ?
ホントはあの麻生ハルキの愛人なんじゃないかと思った事もあったよ。
お兄ちゃん?笑わせるなよ。
ジョウさんなんかいつだってお前を男の目で見てる。
ジュンはいつまであそこに居るの?
このままじゃお前は誰ともうまくいかないよ。
ことごとくあの二人に邪魔されるよ。」

アキラがそんな風に思ってた事を初めて知った。

「離れないとお前はこのままあの二人に縛られ続けるよ。」

その時のアキラの言葉が今でも忘れられない。

結局アキラとはそこで終わった。

アタシはその頃から二人と離れる事を考え始めた。

ずっと一緒には居られない。
そう思っていた。

そしてしばらくしてオーナーが結婚することを知った。
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