憚りながら天使Lovers
日本の政治について忌憚なき意見

 明の父である実継から教わった鍛練方法は、一見簡単そうだが日々継続するとなると難しいものだった。日常の呼吸方法を腹式呼吸の丹田呼吸法にし、その際に光を鼻から取り込み身体全体に巡らすようにイメージする。
 そして、心臓に返ってきた光を右手に集約するイメージ。少しでも光れば退魔の可能性が出て来るらしいが、ゴンやキルアのように最初から練が出来たら苦労はしない。
 救いと言えば、丹田呼吸法をすることにより、ダイエットと美容の効果があるので、退魔うんぬんを抜きにしてモチベーション高く続けられる。
 あの事件以降も恵留奈との付き合いは順調で、持ち合わせているズカオーラの正体が、天使から来ていると考えると納得できる。か弱い女性を演じて彼氏をゲット作戦も事件の影響から終息を向かえ、以前と変わらぬズカライフに辟易していた。
 一方、事件で知り合った明とは頻繁に会うようになり、霊的鍛練のコツやアドバイスを受けるようになっていた。恵留奈には天使や悪魔のことについて距離を取らせるようにしているので、必然的に明と会うのは学外で、二人きりとなる。今日は玲奈の都合もあって、自宅近所の神社で教わることになっているが、一つだけ危険な要素をはらんでいた。
(あれから三ヶ月だし、まさかまだ神社の裏に居たりしないよね?)
 恐る恐る境内の裏を覗くが誰もおらず、ホッとしつつもどこか寂しい気持ちにもなる。
(あのときのお礼とお詫び、ちゃんと言いたいんだけどな……)
 溜め息をついて狛犬の方に歩いて行くと、手を振りながら階段を昇る明の姿が目に入る。
(今日で二人で会うの四回目だけど、全く口説かれないってどれだけ私に魅力がないかを思い知らされるわ)
 いつものように挨拶を交わすと、荷物を境内に置いて呼吸法から始める。呼吸法や光集束に共通することは心の平穏であり、冷静に落ち着くことが一番大事だと教わる。仮に悪魔と対峙したとき、普段いくら光集束が出来ていても、本番で恐怖のあまり呼吸も出来ないとなると光集束どころの話ではない。
「始めて会ったとき、サキュバスの前で手品をしようとした度胸があるなら大丈夫だとは思うけど」
 笑いながら言う明を感じ、気持ちが紛らわされ呼吸法を中止する。
「あれは、手の平から剣を出して戦おうとしたんです!」
「いや、うん、それを世間では手品って言うんじゃないのかな?」
 ツボに入ったのか明は腹を抱えながら笑い続けている。
「失礼な人ね。知り合いの天使がそうやって討魔してたから、マネてみただけなのに」
「知り合いの天使ね、それどんなヤツ?」
(特徴として真っ先にエロが浮かぶあたりが悲しいところだ)
「少年か青年かよく分からない感じの子だった。階級がパワーズだって言ってた」
「パワーズ?」
(仏教徒だから知らないよね)
「天使の中でも対悪魔戦の最前線で戦うとされる部隊。特攻隊みたいな位置付けかな」
「強そうな天使だね。その天使ってもしかして、金髪だったりする?」
「うん、金髪」
「瞳が青い?」
「えっ、そうだけど、なんで知ってるの?」
「君の背後でニコニコしながら手を振ってるから」
 急いで振り返ると境内の中から手を振るルタを確認する。
(住んでらっしゃる! この天使!)
「久しぶり玲奈」
(ヤバイ、こいつと話すと必ず下ネタを振ってくる。明君の前でそんなはしたない会話なんか出来ない……)
「久しぶり」
「後ろの男性は彼氏?」
(コイツうぜぇぇーー! 人の恋路をリアルタイムで邪魔しやがって)
「ち、違うわよ。大学の友達」
「ふ~ん」
 そういうとスタスタ歩いて明の前に来る。
「僕はルタ。君の名前はなんて言うの?」
(嫌な予感しかしないのは、このやり取りがあのときと酷似してるからなんだろうな~)
「僕は楠木明」
「明君か。君に一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「なんですか?」
「君のしょ……」
 言い終わる前に玲奈は思いっきりルタの後頭部を殴る。突然のことに明も目を丸くしている。
「あっ、ごめんなさい。今ルタの後頭部にスズメバチが止まってたからつい……」
 殴られたルタは無言のまま頭を抱えてしゃがみ込んでいる。
(その先は絶対言わせないからな、この変態エロ天使が!)
「明君ごめんなさい。ちょっとルタ君とお話があって、待っててもらっていいかな?」
「えっ、うん、どうぞ」
 了解を得るなりルタの襟首を掴かみ、強引に境内の裏まで引きずって行く。地面にほうり投げると怒りオーラ全開でルタを見下す。
「おいオマエ、さっき明君に何言おうとした。言ってみろ」
 あまりの怒気にルタもブルブル震えている。
「心して答えろよ? 回答次第では今日がオマエの命日になるぞ」
「さ、最近の日本の政治について忌憚なき意見を頂こうかなと……」
「ほぅ、そうかそうか、殊勝なことだな。それならいいんだ。でも、気をつけろよ? 少しでも下ネタに走りそうになったら、その首折るくらいの勢いで殴るからな? 返事は?」
「はい」
 短いやり取りの後、境内裏から明の元に帰ってきて以降、ルタが一言も口を開くことがなかったのは言うまでもない。

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