「君」がいるから【Ansyalシリーズ ファンside】 


「部屋、準備できたよ。
 とりあえず今日は、俺の部屋で休んで。
 俺は直弥のベッド借りるからさ」


案内されたのは、モノトーンで統一された楓我さんの部屋。

ベッドの向かい側にはノートパソコンが用意されて、
いつ始まっても映像を捕えられるように、Ansyalのファンクラブサイトが開かれていた。


「あっ……どうしよう。着替えないよ……」

小さく呟いた私に、「だと思った。少し大きいかもだけど、今はこれ着てベッドに入りな」って
上下のウェットをベッドの上に置いてくれた。


「まだ熱あがるかもしれないから上がりきったところで氷枕使おう。
 準備だけしておくよ。

 着替え終わったら、ベッドに入ったまま声かけて」

そう言うと、再び楓我さんは部屋が姿を消す。



一人になった部屋で、今も震えが続く体から身に着けていた黒服を脱ぎ落して
楓我さんのスウェットを身につけて、ベッドの頭元へと着ていた服を引っかけた。


初めて入る楓我さんのベッド。
楓我さんの匂いがする気がする。


ふかふかの羽毛布団を引き上げて横になる。



「里桜奈ちゃん、着替えおわった?」

「はいっ」



楓我さんの問いかけにベッドに入ったまま声をかけると、
ゆっくりとドアが開いて、氷枕を手にして楓我さんが近づいてきた。


「俺が体調崩したときに使ってるやつなんだけどね。
 震えはどう?」

「まだ少し……」

「だったら、もう少し氷枕は様子見ようかな」



そう言うと、楓我さんもパソコンデスクの椅子に座って、
私の眠るベッドサイドまで椅子を寄せて、じっと同じノートパソコンを見つめ続ける。


12月24日が過ぎて、25日へと日付が変わった頃
パソコンに映し出されたファンクラブサイトに一つのURLがLINKされる。

そのURLを楓我さんがクリックすると、
何処か別のサイトが開いて、中継されるであろう記者会見会場の様子が映し出された。


【暫くお待ちください】の公式の文章を覆い隠すように、
画面の中を、ファンの子の悲痛な叫びの文字が多い尽くす。



【Takaさまー】
【TAKA】
【……嘘だと言って】
【信じられないから……】
【ねぇ、私これからどうしたらいいの?】



思い思いのコメントをそれぞれのファンが発した文字が、
画面の上を流れて行く。



私だけじゃない……皆、悲しんでる。
皆……悲しんでるけど、だけど……まだ現実感がないよ。




「里桜奈ちゃん、ちょっと画面が見づらいよね。
 コメント、消しちゃおうね」


そう言って楓我さんが、ノーパソを少し触ると、
ファンの悲痛なコメントが一気に画面から消えて、
オフィシャルの映像のみになった。



画面からは、Ansyalの天の羽音のメロディーが静かに流れている。



ベッドの中、ただ……ボーっと画面を見つめ続けることしか出来なかった。



やがて、0時10分が近づいた頃【間もなく始まります】の文字に
オフィシャルコメントがかわり、やがてメンバーが画面の中へと姿を見せる。



ベースの託実、ボーカルの十夜、ドラムの憲、ギターの祈の4人だけが姿を見せて、
それぞれの用意された座席へと着席する。



「えぇ。

 深夜遅い中、今日は皆様にお集まり頂きまして有難うございます。

 先ほど、FAXで発表しました通り本日……
 正式には昨日12月24日、20時40分。

 Ansyalギターリスト、Takaが病気の為、他界しました」



着席したメンバーの一人、託実さんが静かにTAKAの死を告げた。
それでも私は、今も実感を得ることが出来ないでいた。


何時の間にか、楓我さんが椅子からベッドサイドで移動してきて
画面を見たまま固まっている私の体を包むように、布団ごと抱き上げて自分の方によせる。



『Takaさんが入院したのは何時の事ですか?』

『AnsyalのTakaは二人いるとの噂がありますが……』

『違いますよね。真実を話してください。
 Takaは二人いるんですよね。
 
 今回、急逝したのは……作曲担当のTakaですか?
 演奏担当のTakaですか?』




何?
TAKAが二人?


画面の向こう側で々に飛び交うマスコミの言葉に、
私は呆然とするしか出来ない。

TAKAが二人ってどういうこと?



すると画面の中で、十夜がマイクを握ってゆっくりと口を開いた。


「すいません。
 少しオレらに時間くれますか?

 今、知りたいことを、これからリーダーが発表する中に
 あると思うんで」



十夜の言葉に会場内がシーンと静まり返る。
そしてマイクは再び、託実さんへと戻される。


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