どうしてほしいの、この僕に
 母は幼少時から病弱だったらしい。
 もとより体力のない母が、半日以上に及ぶ分娩になんとか耐えたことだけでも父は感動のあまり涙が止まらなかったそうだ。
 そんな母親になったばかりの彼女を使命感が猛烈に駆り立てた。昼夜を問わず泣き出す俺の世話をいっときでも他人に任せることができなかった。
 異変は数か月後に起きた。
 誰にも渡すまいと必死で世話をしていた俺を放置したまま、別室の暗がりで母は膝を抱えて泣いていた。仕事を終えて帰宅した父は、子どものように泣いている母を見つけ、さすがに慌てたそうだ。
 小学生になった俺は、自分の母親が他の母親とはどこか違うことに気がついていた。
 母に元気になってほしくて、俺はどんなことも他人の数倍努力した。本屋の息子だから読書はもちろん、そろばん、英語、水泳などの習い事は誰よりも優れた結果を出すのが俺の使命だった。そして早朝のマラソンは俺なりの願掛けでもあった。
 だけど、現実は残酷だ。
 俺たち家族の生活の基盤である書店の経営が急速に傾き始めた。インターネットが普及するのと同時に、俺の家族は崩壊の道をたどったのだ。
 坂道を転がり落ちるスピードは予想以上に速かった。
 母は家事をこなすどころか日常生活を人並みに送ることすら難しくなった。おまけに父も俺も不器用すぎて、もがき苦しむ母とどう向き合えばいいのかわからなかった。
 俺たち家族にはもう一筋の光すら差さない。
 そう思った日――母は自ら命を絶ってしまった。
 俺は父を責め、俺自身を責めた。しかしどんなに責めたところですべてが遅すぎた。
 こうなってはじめて俺は母の孤独の一端を知ったような気がした。
 誰とも分かち合うことのできない苦しみ。
 誰にも寄り添ってもらえない悲しみ。
 今さらどうしようもないとわかっていても、俺は父を憎み、自分を憎んだ。
 そうでもしないと母が浮かばれない、と思ったのだ。
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