どうしてほしいの、この僕に
 俺は俺なりに母の死について考えた。
 心が弱かったからだ、という人もいたが、それは誤解だと思う。どんな人も心が弱くなることはある。母は病的に心が弱かったわけではない。単純にいっときの休息が足りなかったのだ、と俺は思う。
 母は自身の両親を学生時代に亡くしている。つまり俺の母方の祖父母は、俺が誕生するずっと前に亡くなっていたのだ。
 だから母には父以外頼れる身内がいなかった。父の実家は近所だが、母にとっては他人の家だ。気軽に甘えられるほど母は器用ではなかった。
 母の両親が健在だったら、ここまで母は追いつめられることもなかったのかもしれない。
 そして父がそのことにもっと敏感であれば、母の心は救われたかもしれない。
「かもしれない」とは無責任な言葉だ。母のいない今となってはすべてが遅すぎる。
 だが、考えずにはいられなかった。母が俺に残した宿題のような気がしたのだ。
 母がいなくなって、俺はまず台所に立った。父は料理をしない。だから俺がやらなくてはならなかったのだ。
 やり始めて実感するのは、料理は大変だ、ということ。
 毎日同じものばかり続くと、食欲は激減する。しかし同じ食材を栄養バランスも考慮しつつアレンジするには、思ったよりも手間暇がかかるのだ。中学生の俺には荷が重すぎた。
 結局、俺はすぐに挫折した。食事は父方の祖母に頼ることになった。
 頼れる人がいて、頼れる場所がある。その有難さを父と俺は無言で噛みしめた。
 だから俺は、いつか誰かの頼れる人に、頼れる場所になりたいと思った。
 いや、ならなければいけない。
 だって、家族とは、身内とは、本来そういうもののはず、じゃないか。


 彼女の名前を聞かずに別れてしまったことを後悔したが、翌朝登校した俺の耳にその名前が飛び込んできた。
「昨日駅で見かけたんだ、柴田未莉」
「えー!? 本物?」
「あったりめぇだろ。本物のほうが何倍もかわいかった。つか、写メ見る?」
「おい、盗撮かよ」
 俺は自慢げに携帯を見せびらかしているクラスメイトの横を通り過ぎた。
 見るつもりもなかったが、彼の撮った画面が視界に入った瞬間、俺は固まった。
「あ……」
「おいおい、森岡もこういう女が好きなのか?」
 目の前いっぱいに彼女の画像が広がる。やはり間違いない。昨日出会った彼女だ。
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