どうしてほしいの、この僕に
 だけど時折、ヤツはその隙間から手を伸ばして俺の意識を乗っ取りやがる。
 俺は未莉が載っているティーン向けのファッション雑誌を父親から買った。恥ずかしさよりも、雑誌に載っている未莉を見たいという気持ちが勝った。
 ページを繰っては未莉の表情を食い入るように見つめた。
 かわいいとか、きれいとか、彼女を形容する言葉はいくつもあるだろう。だけど俺が未莉に抱く感情は、そんなありきたりな言葉で説明することはできない。

「お前の好みのタイプはこういう子だったのか」

 ある日、父親が俺の部屋に足音を忍ばせて入ってきた。背後から俺の手元を覗き込み、ぼそっと言ったのだ。
「勝手に入ってくるな」
「ノックはしたぞ? でもお前が夢中で女の子が読む雑誌を見ているから、父親としては気になるじゃないか」
「うるせぇ。出ていけ」
「その子、シバ通運送のお嬢さんだろう?」
「え……」
 俺は父親を振り返った。親父はニヤリと頬を緩ませる。
「彼女の親父さんもなかなかのいい男で、経済界では人気がある」
「知り合い?」
「何度か挨拶したことがある程度だがな。お嬢さんたちが美人姉妹だってことはずいぶん昔から有名な話だ。この子は妹のほうだね。はきはきしたお姉ちゃんと比べておとなしい印象だったけど、こうして見ると目に意志の強さを感じるなぁ」
 珍しくよくしゃべる親父に腹が立って、雑誌を少し乱暴に閉じる。
「俺にかまうな」
「たまにはいいじゃないか」
 親父のにやけた顔を見た俺は、とっさに方針を変更した。ごまかし続けてもメリットがないと判断したのだ。

「彼女は俺の好みだよ。ドンピシャ。わかったら出ていけ」
「やはりそうか。お前は意外に理想が高いんだな」

 俺の回答に満足したのか、そう言い残して親父は出て行った。

 ――「意外に」とは失礼だろ。

 大きなため息が出る。
 親父も俺と沙知絵をセットで考えているひとりだ。他人が何を考えようが、俺には関係ないし興味もない。だが実の父親が息子の自由意志を無視するのはいかがなものかと思う。
 他人の思惑どおりに動くなんてばかばかしい。
 俺の人生は俺が決める。
 そう強く決意したのはこの日がはじめてだったかもしれない。
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