どうしてほしいの、この僕に
 両手で顔を覆っていて、それが未莉かどうか判別はできなかったが、彼女に寄り添う小柄な女性は雰囲気が未莉によく似ていた。叔母か親戚だろう。その隣で恰幅のよい男性が警察の事情聴取に答えているようだった。
 こんな形で未莉の姿を見ることになるとは――。
 現場を見て満足したのか帰ろうとする女性のグループが俺の横を通り過ぎる。
「むごいよね。両親が焼死だなんて」
「ホントかわいそう。あの女の子、泣き叫んでいたよね」
「もう声も枯れちゃって……私も泣きそうになった」
「それにしても火事の原因はなんだろう?」
「過失?」
「白昼堂々放火?」
「手広くやっているから恨みをかうこともあるんじゃない? よくわかんないけど」
 わからないなら余計なことを口にするな、とつかみかかりたい衝動をなんとか押しとどめて、女性グループが立ち去るのを待つ。
 真相がどうあれ、こうしてつまらない噂が広まるのかと思うとやりきれない。
 もう一度制服の少女を目を凝らしてみる。周囲から声をかけられてもひたすら頭を横に振るだけで、彼女は何も見ず、何も聞いていなかった。この現実をひたすら拒絶しているのが離れていてもわかる。
 急に母の亡骸と対面したときの衝撃が俺の脳裏によみがえった。
 つい数時間前までその手は温かく、俺の呼びかけにも答えてくれたのに――もうどこもかしこも冷たくて、どんなに呼びかけても届かない。

 ――どこへ行ったんだ?
 ――俺たちを置いて、どこへ行った?

 苦しみから解放されたような穏やかな顔を見ても、俺は心の中で叫ばずにいられなかった。

 ――なぜ……?

 死に別れる覚悟などできていない俺には、誰が何を言おうとその現実を受け入れる気持ちにはなれなかった。
 しかし現実とは残酷なものだ。
 諦めて、受け入れるのは、残された者の役目だと俺を諭す。――日常という冷たい仮面をつけて。

「なぜ……?」

 それが未莉にまで襲いかかる?

 俺の中に怒りが込み上げてきた。
 現実とは残酷に奪うだけなのか?
 俺は自転車の向きを変えた。
 こんなことは間違っている。彼女が何をしたというのだ?
 ペダルを踏み込む足に必要以上に力が入り、車輪がきしむ。
 できるなら未莉を連れ出して、これは悪い夢だと言ってやりたかった。
 それで救われるわけではないとしても、これ以上つらい現実と向き合って何になる?

 ――傷ついて、壊れてしまう前に、誰か彼女を守ってくれ。

 そう願うことしかできない己の無力さを、俺は心底呪った。
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