どうしてほしいの、この僕に

 数日前とは逆で、俺は葬式から帰って来た父親を玄関で迎えた。
「そんなに気になるならついてくればよかったのに」
 親父は俺に香典返しの包みを差し出し、靴ベラを手に取った。
「場違いだろ」
「まぁ、社葬だから学生はほとんど見かけなかったな」
 それはそうだ、と俺も頷く。
「お嬢さんも挨拶に立っていたよ。会社は社長の弟が引き継ぐそうだ。未莉ちゃんからすると叔父だな」
「へぇ。彼女は……」
「ん?」
 親父はわざとらしく聞き返してきた。
 俺は気恥ずかしさから咳ばらいをする。
「泣いていなかった?」
「ああ。ずいぶんと気丈にふるまっていたよ。ただ……」
「ん?」
 親父が困ったように眉根を寄せた。

「どうやら未莉ちゃんはあれから笑わなくなったらしい。この1か月、彼女が笑ったところを見た人はいないと……」

「うそだろ」

「……だといいのだがね。そして彼女は高校の寮に入るらしい。もううちの店にふらっと立ち寄ってくれることもないのかもしれないな」

「えっ?」

 俺は驚いて父親の顔を見つめなおす。
「あのお嬢様学校の寮は厳しくて、よほどの理由がないと外出させてもらえないらしいぞ」
 今の時代にそんな場所があるとは。
 絶句する俺の肩を親父がポンと叩いた。
「来月号、未莉ちゃんがはじめて表紙を飾るそうだ。楽しみにしていよう」
 そうだ。雑誌ではこれからも未莉の姿を見ることができる。それに雑誌の編集部宛に手紙を出せば、未莉のもとに届けてもらえるだろう。ファンのひとりとしてなら、俺にも何かできるかもしれない。

 ――ファンのひとり、か。

 俺は着替え中の父に声をかけた。
「父さん。販促用のポスターって1枚多くもらえない?」
「どうだろうな。訊いてみる」
「無理なら店の掲示終わってからでいいからほしい」
「ああ。お前にやるよ」
 未莉の話題なら親父と普通に会話ができる、と気がついた俺は急にきまりが悪くなった。自分が駄々っ子のように感じられたのだ。
 自室に戻って殺風景な白い壁を見渡してみる。
 ここに未莉のポスターを貼ったらどんな感じだろう。
 朝も昼も夜も、いつでも笑顔の未莉がいるなんて最高じゃないか?

 ――こんなことを考えること自体、ただの1ファンだよな。

 自嘲しながら数学の問題集を開いた。受験生にとっては追い込みの季節になっていた。
 いずれにしろ俺はこの家を出る、と決めた。自由を手にするために問題を解く。
 母親が死んでからは惰性でやっていた勉強だが、目的を見つけた俺は生まれ変わったような気分で打ち込んだ。
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