強引上司がいきなり婚約者!?
「わっ……大丈夫ですか? 兎川主任」
彼は私のほうを振り向くと、さして驚いた様子もなく軽く頷く。
「ああ。お前こそ大丈夫か」
彼が私の目の端に溜まっていた涙のことを言っているのだと気づいて、私も慌ててそれを拭った。
兎川さんは私の勤める会社の営業部の主任で、3つ年上の上司だ。
普段はオールバックにしている前髪が濡れて額に落ちているので、一瞬人違いかと思った。
前髪の間から向けられた視線が、いつもより危険でセクシーに見えたから。
とはいえ、彼は常々ハンサムでモテる男性として有名な、社内人気ナンバーワン上司ではある。
でもたしか兎川主任には、長く付き合っている婚約者がいるってウワサだったはずなんだけど……。
騒ぎに気づいてやってきたメートルからタオルを受け取り、兎川さんはなんだか慣れた様子でワインを拭き取っていく。
濡れて落ちた髪を片手でかきあげて言った。
「いいのか、小枝。ついでにやるなら今だぞ」
「え?」
私は主任の意図することが分からず、小さく首を傾げた。
するとそれまでポカンとしていた藤也が突然慌て出し、財布の中からお札を数枚抜き取る。
それをテーブルの上に置いて、急にバタバタと立ち上がった。