伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
定期的に購入してくれている顧客へ、しばらく店を閉めることへの詫び状だ。その中にはレディ・シルビア宛の手紙も含まれていた。

そして仕入れ業者宛に、店の事情の説明と当面の納品停止の願い状も書いた。

ペンを置き、椅子から立ち上がる。

「手紙を出してくるわ」

すると、

「それでしたら、私が行って参ります」

お茶の準備をしていたジュディが手を止めた。

「クレア様は少しお休みになって下さい」

「え、でも……」

「もうじき、旦那様がお戻りになります。その時にクレア様がいらっしゃらなかったら、旦那様が心配なさると思います」

旦那様が、とジュディは言ったが、彼女も本気でクレアの心身を心配してくれている。そのこともクレアには、ちゃんと伝わっていて、暗く沈んだ気持ちが少し浮き上がるような感じがした。

「……じゃあ、お願いしてもいいかしら?」

クレアが手紙の束を差し出すと、ジュディはにっこり笑ってそれらを受け取り、一礼して部屋を出て行った。




一人になって、クレアはソファーに腰を下ろした。

開いた窓から爽やかな初夏の風が入り、カーテンを優しく揺らしている。今朝、空に広がっていた灰色の雲はいつの間にか消えていて、午後の明るい光が部屋に降り注ぐ。

クレアはソファーに背を預け、しばらく天井を見つめていた。

店の光景が脳裏に焼き付いている。

……ああ、商品がいっぱいダメになっちゃった……。すごい損失だわ……。

深くため息をつく。

それに、母が店のあんな状態を見たら、どんなに傷付き、悲しむだろうか。

……どうして、こんなことに……。お母さん、ごめんなさい……。

申し訳ない気持ちで瞳に涙が浮かび、視界の天井がぐにゃりと歪んだ。こらえきれずに、滴が静かに頬を伝う。




どれだけ時間が経過したのか、その感覚さえ失われていた。

不意に、ドアをノックする音が耳に届いた。

はい、と返事をして、慌てて涙を拭く。もうジュディが戻ってきたのかもしれない。

「ありがとう、ジュディ……もう帰ってき--」

ドアの方を振り向き、入ってきた人物の姿を見て、クレアは言葉を途中で止めた。

「……ライル様……」


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