伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
ドアから現れたのはお付きのメイドではなく、この家の当主だった。

「……あ……お帰りなさいませ……」

そう言いながら立ち上がろうとするクレアを、「そのままでいい」とライルは制すると、その横に座ると同時に、クレアの体を抱き寄せた。

「帰ってくるのが遅くなってすまない」

抱きしめる腕に力がこもる。クレアの髪に顔を埋めるようにして、ライルが呟いた。

「……君が無事で良かった」

近くでライルの吐息を感じただけで安心して、涙が出そうになるのをグッとこらえた。

知らせを聞いてライルが戻って来てくれたことは素直に嬉しい。だが、自分の事情のせいで、忙しいライルの今日の予定を狂わせてしまったのも事実だった。

「ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません……」

「君が謝ることじゃないから、気にしなくていい。帰りに、君の店に寄ってきた。もう後処理は終わって誰もいなかったけどね」

「……そうだったんですか……」

修理代がどれだけかかるのか分からないし、商品も駄目になってしまって、損害は凄まじい。赤字経営で、これからやっていけるのか。今後、のしかかる負担を考えると、不安で胸が押し潰されそうだ。

「……私……もう……あのお店を続けるのは、無理かもしれません……」



クレアが弱気な姿を見せたのは、初めてだった。

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