伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「この国は、産業の発達のお陰で、王都を中心に鉄道が各地に延びて、経済発展に貢献してきたけど、そうじゃない国はまだまだ多い。この国の技術がそこに住む人達の役に立てたら、って思うんだ。さすがに内容が重すぎるから、俺一人じゃなくて、他にも何人かと共同で進めるんだけどね」

ライルの話は壮大で、クレアには見当もつかない。

「……すごい……ですね……」

詳しい知識もないクレアは、それについて語れるわけもなく、ただ、そう一言述べるのがやっとだった。

「難しい話は、また今度にしよう。そろそろ部屋に戻るよ」

そう言ってクレアを膝から下ろすと、ライルは立ち上がった。

「あ……はい……お休みなさい……」

突如、優しい拘束が解かれて、寂しい気持ちになる。

「こんな時間に訪ねて悪かったね」

「いいえ、部屋にお招きしたのは私ですから……」

「もし君に、帰らないで、ってお願いされたら、朝まで一緒にいるけど?」

「そ、そんなこと言いませんっ」

寂しさが素直に表情に出てしまっていたかもしれないと、焦ったクレアは顔を真っ赤にした。

それを見て、ライルが笑う。

「じゃあ、お休み」

今日は、ライルはクレアの頬ではなく、唇にキスを落とすと扉を開けた。




自室に戻り、ライルは深く息をついた。

もう、夜にクレアの元を訪ねるのはやめよう。

クレアは起きていれば、ライルであれば夜でもためらいなく部屋に通してくれるだろう。

先日クレアを泣かせるようなことをしておいて、それでも信用してくれているというのは、この上なく嬉しいことではあるのだが。

自分の手を、ライルはじっと見つめた。クレアの薄い布越しの、華奢で柔らかな体の感触が残っている。

次はきっとキスだけでは済まないだろう。嫌がることはしない、と約束したのに、守れる自信がまるで無かった。



……情けないな……。

ライルは頭を冷やすため、浴室のドアを開けた。



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