伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
その言葉で、ライルがあの時の約束を守ろうとしてくれているのが、分かる。

嫌かと問われれば、そうではない。突然のことで最初はびっくりしてしまうだけで、いつも心臓はうるさく鳴っているが、その胸の鼓動さえいつしか心地よく感じてしまう。

体の強ばりを緩めて、クレアはライルに身を任せた。

「逃げないということは、嫌じゃないってことかな?」

ライルが悪戯っぽく笑う。まるで心の中を見透かされているようでドキッとして、クレアの口から素直ではない言葉が飛び出した。

「……ちっ、違います……! 今日は疲れて、逃げる気力がないだけです……」

「おかしいな、さっき疲れてるか聞いた時は、大丈夫って言ってなかった?」

「……揚げ足取らないで下さい……!」

ごめん、とライルが背後で笑う。時々こうしてからかわれているが、嫌な気分はしない。

「君の体が柔らかくて、このまま眠ってしまいそうだ……」

ライルの腕の力が少し強くなった。

「えっ!? ここで寝ないで下さい……!」

「分かってる……」

「 ……お忙しくても、無理はなさらないで下さいね?」

「ああ、ありがとう。もうすぐ海外での新規事業に着手するつもりなんだ。その準備に思ったより手こずっててね」

「……海外……どんなお仕事か聞いてもよろしいですか?」

クレアがライルの仕事について尋ねるのは初めてだった。男の仕事の話に女が入っていっていいものかと、いつもためらっていたからだ。

「うん。鉄道事業だよ」

「……鉄道……」


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