伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
その本は、この国の成り立ちから始まっていた。少し読んでみたのだが、これがかなり興味深く、たちまちクレアは歴史の世界に引き込まれた。分からない用語は、本棚から出してきた辞書を引いて調べてみた。

クレアは時が忘れるほど没頭して読んでいたため、途中でジュディがお茶を二回入れ替えてくれたことにも気付かないほどだった。



「歴史に興味があるの?」

「--!!」

耳元で聞き慣れた若い男の声が響き、クレアは驚きのあまり声にならない叫びを上げた。

すぐに横を振り向くと、そばで優雅に微笑むライルの顔がある。きっと今、ものすごく変な顔になっている自分とは対照的だと、クレアは今更ながら、ライルの秀麗な顔立ちを羨ましく思った。

「驚かせてごめん。入り口で声を掛けたんだけど、全然気付いてないみたいだったから」

「あ……申し訳ありません……」

クレアは本をテーブルに置いて立ち上がる。

「お帰りなさいませ」

「ただいま」と答えながら、ライルはクレアの頬にそっと唇を寄せた。

一瞬にして赤く頬を染めるクレアを、ライルは優しく見つめる。その視線にすらドキドキして、クレアは顔を背けた。

ライルはテーブルの上の本を手に取る。

「ずいぶん真剣に読んでいたんだね。面白い?」

「え……ええ……とても面白いです」

クレアはまだ恥ずかしさをその表情に残しながらも、微笑んで答えた。

「私、知らないことが多いので……。でも知ることが楽しくて、夢中になっていました」

「それは良かった。思いがけない休日が増えて、君が退屈してないか気になっていたんだ」

「お気遣いありがとうございます。でも、ご心配なく。ここは本も多いですから、あっという間に日が経ちますよ」

クレアは新しい玩具でも見付けた子供のように、瞳を輝かせている。

「でも、ずっと図書室で過ごすわけにもいかないだろう?……そうだ、君が興味があるなら、ちょうど良かった」

何がだろう、と首を傾げるクレアに、ライルは続けて言った。

「古典劇が今、王立劇場で公演中なんだ。明後日、一緒に観に行こう」



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