伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
そして、迎えた翌々日。
外出予定の夕刻が近付き、メイド達によってクレアの身支度が進んでいく中、当の本人の心は妙にそわそわして、緊張も高まっていく。
「いよいよ今日ですわね、クレア様!」
ドレッサーの前でクレアの髪を結いながら、ジュディが顔に笑みを広げて言った。
「ジュディ、その言葉、今朝から何回も聞いたんだけど……」
「だって、旦那様とクレア様がお二人で初めて外出なさる特別な日なんですもの!」
朝から張り切るジュディは、クレアの身支度に余念がない。
私より嬉しそう、とクレアは思った。
……でも、ここのところたくさん心配かけてしまったし……ジュディが楽しそうにしてくれるなら、良かった……。
クレアの唇からも笑みがこぼれる。
いつもは夜に一人で済ませる入浴も、今日はまだ陽のあるうちから、数人のメイドによって体も髪も丁寧に洗われた。
自分で出来るとメイド達には言ったのだが、「今日は私達にお任せ下さい」と、にこやかに、やんわりと却下された。気恥ずかしさで戸惑いを隠せないまま入浴が終わると、メイド達はクレアの体を上質なタオルで拭き、髪を乾かし、爪まで磨いてくれた。
今日の髪型は、いつもクレアが屋敷で過している時とは逆で、ジュディによって全ての髪を後頭部でまとめて結い上げられたので、白いうなじが露になった。緩くうねる髪を、両頬にかかる位に少しだけ垂らすことで、クレアの整った顔立ちをさらに引き立て、優雅に見せている。
「ねぇ……ちょっと今日のドレスは……いつもと違うと思うんだけど……?」
クレアは鏡に映る自分を見て、ずっと気になっていることを尋ねた。
観劇に行くために用意されたのは、金色がかった桃色のドレスで、広がった袖口には白いレースが幾重にもあしらわれ、大きく開いた襟ぐりにも同様に使われている。膨らんだスカート部分に重なるドレープも美しい。
そして、ピンクの絹で作られたバラが、クレアの髪を飾っている。
首には、真珠のネックレスだ。