伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「……父が私を引き取りたいと言ってくれた時、そこで断るべきでした。私がいなければ、義母も妹も穏やかな生活を送れたでしょう……。父のためと言いながら、本当は私自身、父親が出来るのが嬉しかったんです。でも……それは望んではいけないことだったんだわ。欲を出さずに……例え独りになっても……これまで通りただの庶民の娘でいれば……良かっ……た……っ」

涙腺が緩むのを必死でこらえる。泣いてはいけない。涙を見せれば、やはりこんな話をすべきではなかった、とライルに後悔させてしまうことになる。

「クレア……」

ライルがクレアの肩を力強く抱き寄せた。その反動で、頭がライルの肩に、こてん、と寄り掛かる。

「俺は君がアディンセル伯爵家に引き取られて良かったと思うよ」

「……なぜ……ですか……?」

「だって、そうでなければ君はコールドウィン侯爵家の舞踏会に招待されていないよ。俺は君と出会うことも出来なかった」

「……あ……」

「今は悲しくて辛いと思う。無理に立ち上がれとは言わないよ。涙が枯れるまで泣いてもいい。どんな君でも俺がそばで支えるから」

「……」

「そしていつか、君が悲しい気持ちを思い出せなくなるくらい、俺は君の心を幸せで満たしたいと思ってるよ」

ライルはクレアの顔を覗き込むようにして、優しく微笑んだ。

肩に触れる手から、ぴったりと寄り添う体から、ライルの温もりが伝わってくる。

抑えきれなくなった透明な雫が、クレアの瞳からとめどなく溢れ、静かに頬を伝い落ちる。






だが、それは悲しい涙ではなかった。









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