伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
クレアは一言も発することなく、黙って耳を傾けていた。

ライルが話し終わると、何かに耐えるように、クレアはスカート部分の布を強く握りしめた。

義母には無理やり、粗野な成金男に嫁がされそうになり、まるで身売りのような扱いを受けた。それだけでも辛いのに、今度は異母妹に、私的な恨みで何よりも大切なものを壊されたのだ。

「通報するかしないかは、君の判断次第だ」

「……はい……」

「君にこの話をしようかどうか、正直迷ったんだ。真実を知らなければ、君は悲しい思いをせずに済むし、俺も君の悲しむ顔を見ずに済む。でも、君はあの店を営む立派な主人だ。俺の独りよがりのために、事件の真相を隠し通す権限は俺にはない」

コクン、とクレアが頷く。

「とはいえ、今一番苦しい思いをしているのは君だ。隠さず全部を話した俺を恨んでもいい」

「……そんな、恨んでなどいません……。むしろ、感謝しています……。私のために、動いて下さって、ありがとうございます」

クレアは力無く、微笑んだ。それは儚げで、すぐに消えてしまいそうな笑みだった。

「警察には言わないつもりです。そんなことをしても、父が辛い思いをするだけですから。……私って、本当に……父以外の人達にとっては、厄介者だったんですね……」

最初から家族らしいことは期待していなかったし、家族だと認識したこともない。だが、誰かに排除されかけたり、このように恨みの刃を向けられたことは紛れもない事実で、クレアの心は痛みに震えた。

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