伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
だが、何の音沙汰もなく、それから五日が過ぎようとしていた。

今日も朝から、礼拝堂にクレアの姿はあった。

時々、ここを訪れる人はいるものの、祈りを終えるとすぐに立ち去ってしまう。朝から夕刻までずっと居続けるのは、クレアだけだ。

窓の外から鳥のさえずりが、時折、聞こえてくる。この場所だけ、時が止まってしまったかのように、静かだった。



そして、陽が高くなり、堂内がすっかり明るくなった昼下がり。

事態は急変した。

「ク、クレア様!」

突然、静寂を破るように、ジュディが礼拝堂の扉を開け、慌ててクレアの元に駆け寄ってきた。

いつも落ち着いているジュディとは違う様子に、クレアも何かあったことを感じ取り、不安を募らせる。

「ど、どうしたの……?」

だが、ジュディの返事はクレアの胸中とは反していた。

「……ハァ……た、たった今……旦那様から……連絡がありました……!」

全力で走ってきたのだろう、ジュディが肩で大きく息をしながら、答える。

クレアは目を見張った。

「えっ!?」

「お屋敷に、手紙が届きました……!」

そう言いながら、ジュディは一枚の紙をクレアに差し出した。

受け取ったその紙に、クレアは素早く目を通す。




『今からペジャンの港を出る

必ず戻る』





たったそれだけの文面だった。だが、クレアは何度も何度も読み返し、その度に沸き上がる喜びで、自分の体が震えるのが分かった。

……ライル様……!

全身から力が抜け、その場に座り込む。

ライルの不在中、クレアは世界地図を図書室で広げて、少しずつ勉強していた。ペジャンとは、エルテカーシュの北西に位置する国だ。

「……これは、ペジャンから出されたものなの……?」

「私には分かりませんが……ローランド様が、直ちにクレア様にお伝えするように、と……」

差出人の欄には、ライルの名前が記されている。

「クレア様、ひとまず、お屋敷に戻りましょう」

ジュディはそう言って、クレアが立ち上がるのを手伝おうとしたが、

「いいえ……このまま駅に行くわ」

クレアは首を横に振った。

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