伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「……俺と眠るということ?」

少し間があってからのライルの問い掛けに、クレアはどう答えようか迷ったが、やがて、静かにうなずいた。

「クレア、顔を上げて。こっちを見て」

「……」

クレアが指示通りにすると、ライルが真剣な眼差しでじっと見つめている。

「それが、どういうことか、分かって言ってる?」

問われたことの意味を理解して、クレアの心臓がうるさく鳴る。だが、ライルを掴む手を離しはしなかった。

「……分かってます……生半可な気持ちで、こんなこと言いません……ライル様のことが、本当に……好き……だから……」

「……クレア……」

しばらくの間、無言で二人の視線が絡まり合う。

「俺も、君が好きだよ。でも……やめた方がいい」

ライルは何か感情を抑えるような、切なげな表情を見せた。

結婚前もしていないのに、はしたない女だと思われたのかもしれない。クレアが気まずさと恥ずかしさで身を縮めると、彼女を見つめたまま、ライルが頬に手を伸ばしてきた。

「……正直言うと、無事に帰って来られた安心感と……君にこうして実際に触れることの出来る喜びで、今、気持ちが昂ってるんだ。だから、自分を抑えられなくて、きっと君に優しく出来ない。……君を後悔させたくない」

「……ライル様……」

ライルはいつでも自分を大切に思ってくれている。それを感じたクレアの中で、ライルへの愛しさがさらに膨らんでいく。


「……ライル様だから……後悔なんて、絶対しません……! ずっと、ずっと、会いたかったんです……! 今、ここで離してしまう方が後悔します……!」

ライルの胸に顔を埋めながら、クレアは素直な気持ちを吐き出した。




次の瞬間、クレアはライルに強く抱きしめられていた。

「……君は本当に……可愛いことを言う……。離れている間、どんなに君に触れたいと思ったことか……!」

もう止めない、と耳元で低くささやき、ライルは自分の唇をクレアのそれに重ねた。最初は軽く触れ合わせていたが、互いの存在を、心を確かめ合うように、それは次第に深い口付けへと変わる。



二人の体は、そのまま折り重なるように、ソファーに沈んでいった。





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