伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
ライルの温もりを近くで感じながら、何か大事なことを忘れている気がする、と首をかしげたクレアは、「あっ……」と小さく声を上げた。

「どうかした?」

「私、ライル様に大事なこと言うのを、忘れてました」

そして、ライルの顔を見上げ、満面の笑みで言った。



「ライル様、お帰りなさいませ」



駅では泣いてしまって言葉が出なかったし、馬車の中では、ライルのこれまでの経緯を聞くので精一杯だった。それに、帰ってからはバタバタしていてゆっくり話す機会が無かったのだ。

「クレア……」

ライルも優しく微笑み返す。

「……今までで、一番嬉しい『お帰りなさい』だよ」

そう言うと、クレアの頬ではなく--唇に、キスを落とした。

「ただいま、クレア」

三ヶ月ぶりに交わすキスは、甘くて、切なくて、懐かしくて--クレアの瞳から静かに雫が溢れた。

それに気付いたライルが、そっと指で涙をすくう。

「もう遅いから、部屋まで送るよ。また明日ゆっくり話そう」

ライルはソファーから立ち上がろうとしたが、クレアは反射的にライルの服をぎゅっと掴んだ。そして、うつむいたまま、じっとしている。

少し様子の違うクレアを不思議に思い、ライルはそっと声を掛けた。

「どうした?」

「……くありません」

「え?」

「……部屋に戻りたくありません。この手を離したくないんです……ずっとライル様のお戻りを心待ちにしていました。今でも夢みたいで……でも、本当に夢だったらどうしよう、って……朝起きて、ライル様がいないかもしれない、って考えると、怖いんです……」

「……クレア……」

「一人で眠りたくないんです……ライル様と一緒にいます……!」




< 225 / 248 >

この作品をシェア

pagetop