伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約


目の前には、夕陽に染まるテレーゼ河の河面が広がる。キラキラと光が反射して、金色に輝いている。

クレアは河畔にある石段に腰掛け、ぼんやりと前を見つめていた。穏やかな水面を眺めていると、気持ちが凪いでくるから不思議だ。

ここは、クレアが幼い頃、一人で過ごしたお気に入りの場所だった。つい時が経つのを忘れてしまう。そんな時は、いつも母が迎えに来てくれた。

だが、今のクレアを迎えに来る者はいない。

……私ってば、ダメね……。今頃、ジュディに心配掛けてるわ……。

でも、屋敷に帰りたくないのが今の心境だ。

これからどうしよう。いずれ陽は沈み、辺りは暗くなる。いつまでもここにいるわけにはいかない。わずかだが、貨幣は持ってきているので、安い宿を探して、泊まろうか。一晩一人で考えれば、少しは冷静になれるかもしれない。

……元々、私とライル様じゃ、釣り合わなかったのよ。最初から分かってたことじゃない。それなのに、いつしか浮かれて……私って本当に馬鹿ね……。

自嘲気味に、微笑む。

……それに、礼拝堂で神様にお願いしたじゃない……。ライル様と一緒になれなくてもいいから、ライル様を帰して下さい、って……。ライル様は、無事に戻られたわ。神様が願いを聞いて下さった……それだけで、充分よ。それ以上、望んではいけないわ……。

前を向けるように、そう自分に言い聞かせるのに、やはり悲しい気持ちはすぐには消えない。

……大丈夫、これまでの暮らしに戻るだけよ。周りの商店の人達も、昔と変わらず親切だし、あの場所でこれからも暮らしていける……ただ……

クレアの瞳から、ポロッと大粒の涙が溢れる。




ライル様がいないだけ……。




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