伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「……どうか……ライル様が幸せになれますように……」

朱色に染まる空に向かって、呟く。

その時。



「クレア!!」



自分を呼ぶ声に、ハッとした。振り向くと、すぐ近くに、ライルが立っている。走ってきたのか、珍しく額にはうっすら汗が浮かび、肩で大きく息をしている。

「……ライ--」

「今までどこに行ってた!?」

ライルがクレアの言葉を遮るように言った。クレアに近付くと、腕を強く掴む。

「店に迎えに行ったら、君がいないとジュディが知らせに戻ってきて……何か事件にでも巻き込まれたかと思って、心配したんだぞ!」

いつになく強い口調に、クレアの体が震える。だが、ライルは怒っているというより、いつもと違って余裕がないような、焦っているような様子だった。

「……どうしてここが、分かったんですか……?」

「前に、観劇に行った時、橋の上から教えてくれただろう? 小さい頃、住んでいた場所だって。だから、もしかしたらと思った」

「……そんな些細な会話まで……」

「俺は君のことなら、何でも知りたいし、覚えてる。さあ、帰ろう」

ライルはクレアの腕を引いたが--クレアは足を踏ん張って、掴まれた腕を振りほどこうとした。

「帰りません……!」

「なっ……」

ライルが瞳を見開いた。

「どうしたんだ、昨日から様子が変だ」

「変なのは、ライル様です! 私なんか迎えに来ても何の意味もないのに……! ライル様が本当に行きたいのは、シルビア様のお孫さんの所でしょう!?」

クレアは大声を出した。言ってしまった、と思ったが、抑えていた感情に火が点いてしまった。

「……何言ってるんだ……?」

「とぼけないで下さい! 私、昨日、ライル様と叔父様が話しているのを聞いてしまったんです! ライル様が、レディ・シルビアの孫娘と結婚する、って!」

「待ってくれ、クレア……」

「それでも、私を連れ帰りたい理由は何ですか? 結婚と恋愛は別だとでも? 私が正妻の子じゃないから……それぐらいの扱いでいいとお思いなのですか!?」

溢れる感情と共に、涙が頬を伝う。



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