伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
黙って聞き入るクレアに、ローランドは微笑みを返した。

「ですが、最近の旦那様はとても楽しそうにしていらっしゃいます。クレア様がここへ来て下さって、私もとても感謝しておりますよ」

「感謝だなんて……。それに、楽しそうと言うけど……ライル様は私をからかって遊んでいらっしゃるだけよ……」

クレアはいろいろ思い出して--朱に染まった頬をローランドに見られたくなくて、下を向いた。



部屋に運ばれて、思いがけずキスを受けてしまったあの日以降、ライルの接近してくる頻度が増えた。

不意打ちのように、顔を近付けてきたり、肩や腰を抱き寄せてきたり。

今や、仕事に行く前や、就寝前など、頬にキスをされるのが当たり前になってきている。

その度に、真っ赤になるクレアの顔を見て、ライルが悪戯っ子のように笑う。

だが、唇にキスをされたのはあの日が最後で、今はなぜか--頬や額にしか、してこない。

どうして、と思いながらも、クレアは安堵していた。いくら婚約者のフリだからといって、毎回、唇にされては、こちらの心臓がいくらあっても足りない。
これなら、まだ挨拶程度の感覚だと、自分に言い聞かせることが出来る。

クレアもまた、共に過ごす日々を重ねるうち、ライルの優しさや穏やかさに、以前よりもさらに惹かれ始めていた。

つい自分の立場も仕事も忘れて、気持ちが揺るぎそうになる。


でも、自分はライルには不釣り合いな娘だということも、決して忘れていない。

期限は言い渡されていないが、いつかは終わる関係。

自分がそばにいても、ライルのメリットにはならない。むしろ、迷惑を掛けてしまうだけ。

そう思うのに、分かっているのに、いつか終わる日が来ることを想像すると--





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