伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「こちらこそお会い出来て光栄ですよ、クレア嬢」

アンドリューは紳士らしく、クレアの手の甲に軽く口付けた。

ただの挨拶だが、ライルの眉がピクリとわずかに動き、従弟を睨む。

そんな突き刺すようなライルの視線を受け流すと、アンドリューは爽やかな笑顔で言葉を続けた。

「あなたのことはライルから聞いていました。なるほど、こんなに可愛らしくて美しい女性が未来の花嫁になるんだから、ライルが自慢したくなるのも分かる」

「……」

ライルは一体自分をどんな風にアンドリューに話したのか、気になってクレアの頬が染まる。

だが同時に、未来の花嫁という言葉にズキリと胸が痛んだ。そんな未来が訪れないことは、自分がよく分かっている。

「いつまでクレアの手を握ってるつもりだ?」

やや不機嫌そうなライルの声に、アンドリューは、「ああ、これは失礼」と手を離した。

ライルはそばに控えていた執事に指示する。

「ローランド、アンドリューを応接間へ。これでも一応客人だからな。一応」

「一応って、何だよ。二回も言うな」

二人共、憎まれ口を叩いてはいるが、何だか楽しげだ。クレアは二人の邪魔をしては悪いような気がして、自室に戻ろうかと思ったが、ライルが、一緒においで、とクレアの手を取ったので、従うことにした。

「前に、ライルが婚約したと聞いたけど、忙しくて会えなかったんだ」

応接間のソファーに深く腰掛けて、アンドリューが言った。

「社交界にも最近、顔を出してないし、お前目当ての令嬢達が嘆き悲しんでるぞ」

「どうしても行かなきゃならない時は、顔を出すよ」

ライルが興味無さそうに答える。


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