クールな御曹司と愛され政略結婚
ちょっと怖いと感じる私を置いて、灯はベッドを下り、スエットを履く。

怪訝そうに寝室を出ていった後、玄関の鍵を開ける音がして、それに続いたのは、まさかと言いたいようなやっぱりと言いたいような、知った声だった。



「なーんてねー!」



姉だ。

灯が悲鳴のようなうめき声のような音を立てたと思ったら、今度はここまで揺れるほどの、大きな荷物を床に落としたような地響き。

何事かと寝室を飛び出して玄関に向かうと、灯が姉に絡みつかれた状態で床に這いつくばっていた。

どう見ても酔っぱらっている、いや、案外素面なのかもしれない姉は、私を見つけるとご機嫌に、また「なーんてねー!」と言った。



「どこからの"なーんてねー"なのよ」

「『そんな機会があればね』からの?」

「それだいぶ前だし、最後の会話でもないし!」

「よく覚えてるじゃないか」



気にする様子も見せず、腕の中の灯に盛大に音を立てて口づける。

「うわー!」とくぐもった灯の声がしたけれど、助けようがなかった。



「どうしてここを知ってるの、お姉ちゃん」

「実家に忍び込んだところ、あちこちに母さんのメモが」

「なにしに来たの」

「そりゃあ、新婚さんに寝起きドッキリを仕掛けにさあ。あれ、でもふたりとも、寝てた気配がないね」

「おかげさまでね…」



怒りとあきれが、ふつふつと沸いてくる。

ようやく姉の羽交い絞めから逃れた灯が、這いずるようにして壁際まで避難し、ぜえぜえと肩を上下させた。



「灯、口紅」

「ん」



頬やら額やら、顔中に姉の真っ赤な口紅がついている。

しかし灯が恥ずかしそうに、真っ先に手で拭ったのは、口だった。


ちょっと…。

どこまで本気でキスしてるのよ…。
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