うっせえよ!





「誠司さん。二日酔い、大丈夫ですか?」



姿見の前で歯ブラシを咥えながらネクタイを結ぶ誠司さんは、「ああ、大丈夫。」とは言ったが、鏡越しに映るその表情は、完全に疲れ切っていた。



気の毒だ。これから仕事なんて。



私なら絶対に無理だ。こうして立って、誠司さんの背中を見ているだけでもクラクラする。



今日は絶対仕事なんてしないし、無理矢理しようとしても、はかどらないに決まっている。



それなのに、誠司さんは満身創痍の中、仕事に行く。



歯磨き粉でえづくような状態だ。



こんな状態で、本当に無事に仕事が務まるのだろうか、帰って来れるのだろうか。



心配だ。



「誠司さん、あれだったら、休んでもいいんですよ? 私、編集長に電話しますから。」



「馬鹿。そんなことしてみろ。『まことちゃーん。あんたがこれまでに口説いてきた女のこと、りんちゃんに全部話しちゃうよ?』なんて脅されるに違いない。」



「そうですよね……。」



って!



「おい!」



「痛っ! 何すんだよ!」



「何すんだよ! じゃないですよ! 何サラッと馬鹿なこと言ってんですか! そんなにやましい過去があるんですか? 妻の……。」



妻の……。



「……妻の私に話せないような、何かがあるんですか。」



思わず語気が弱まった。



「冗談に決まってんだろ。あるわけねーだろ? 俺が愛してんのは、りんちゃん。キミだけだよ?」



そう言って、抱きしめてくる誠司さんの眉は下がっている。この癖。これは嘘をついている時の顔だ。



まったく……でも、こう朝から抱きしめられたりなんかすると、全部許してしまいたくなるから、ダメなんだ。



普段から誠司さんのことをダメ男だとか言ってるけど、



ホント、私も単純でダメ女だ。




< 238 / 252 >

この作品をシェア

pagetop