イジワル御曹司のギャップに参ってます!
「市ヶ谷くん?」

市ヶ谷くんは、周りの目を気にするようにきょろきょろと辺りを見回し始めた。
昼休みにはちょっとだけ早いこの時間。ラッシュを避けて早めの昼食を取る人たちで廊下は賑わいを見せている。

「どうしたの?」

首を傾げる私を、悩まし気な表情で見つめる市ヶ谷くん。
だが、すっと意を決したような瞳になって、私の右手首を掴んだ。

「っ!?」

心臓がばくりと弾けそうになる。
男性から触られたときに感じる、あの感覚。
大切な後輩の市ヶ谷くんに対してもそれは変わらないみたいで、胸の中がざっと不安感に占拠される。

市ヶ谷くんが私の腕を引っ張って走り出した。
ぶつかりそうになった通行人が「わっ」と声を上げる。
『すみません』の一言を言う余裕すらなく、私は市ヶ谷くんに引きずられ、廊下の端へと連れていかれた。
誰も寄り付かない、目立たないその場所にあったのは非常階段へと続くドア。

重苦しい鉄の扉を開けると、中は打ちっぱなしの壁と階段が冷んやりとする無機質な空間だった。
その壁に押し付けられて、逃げ場を奪うように市ヶ谷くんは私の両脇に手をついた。
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