ぬくもり
「今日はずいぶんゆっくりだね。

時間大丈夫なの?」



のんびりしている俺と時計を、交互に見比べながら美沙が言う。



「今日は休み取った。
それより、一緒に行きたいところがあるんだ。」


「どこに行くの?」


不思議そうな顔で美沙が聞く。



「10時前には出たいから、急いで支度して。」



美沙の問いには答えないまま言った。


今どこに行くか言ってしまえば、美沙は絶対に来ないだろう。



美沙と優の支度も終わり、俺達はタクシーを呼び駅へと向かう。



切符を買う時に、美沙に行き先がわかってしまう。



「司、どうゆう事?
私、行かないって言ったよね。」



美沙が怒った顔で俺を問い詰める。



「騙して連れて来た事はごめん。

でも…
後悔すると思うんだ。

最後に会っておかないと、きっと後悔する。」



美沙の目には涙が浮かんでいた。



「司に、司に何がわかるの!

普通に親に愛されて、普通の生活送ってきた司に…

あたしの…
あたしの何がわかるのよっ!」



美沙が手にしていたバッグで何度も俺を叩く。


周りの人達は、みんな遠巻きに、でも好奇の目でこっちを見ている。


けど、俺はもうそんな事はどうでも良かった。



「わからないから、今までずっとわかってやれなかったから、今度こそ美沙の気持ちをわかりたいんだよ。」



バッグで俺を叩く、美沙の腕を掴んで静かに言った。



「今さら何…何言っ…てんの…」



側では優が美沙の服の裾を掴んで泣き出している。


俺は、少し大人しくなった美沙の腕を放し、泣いている優を抱きあげた。



「何があっても、俺が支えるから。

もう、逃げたりしない。
側にいるから。」



美沙は何も言わなかった。


黙って手近にあった駅のベンチに座り、涙を拭いていた。

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