強引上司にさらわれました

◇◇◇

「あら、どこかへ旅行? 朝倉さんは一緒じゃないのかい?」


大きな荷物を持つ私を見て、例のごとく管理人さんが声を掛ける。


「あ、いえ……」


言葉がうまく出てこなくて、頭を軽く下げてそそくさと通り抜けた。

これからどうしよう……。
街に飛び出したところで、行くあてなんかない。

美優のところはかずくんがいるから絶対に無理だ。
実家はあまりにも遠すぎる。

夜の九時近い時間ではどうにもならなくて、ほとほと困ってしまった。
私の恋愛運のなさには、つくづく呆れてしまう。

神様もずいぶんと試練を与えすぎじゃないか。
結婚式当日に振られたかと思えば、今度は、その原因を作った人に振られるなんて。

どちらにも共通することは、私自身がなんにも気づかなかったということだ。
ほかに好きな女性がいることにも、私への行為に裏があったことにも。
どこまで鈍感なんだと、どれほど呑気なんだと。

大きなバッグを抱えてぼんやりと歩いていると、ふとホテルが目に留まった。

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