授かり婚~月満チテ、恋ニナル~
「す、すみません。あの……聞くつもりはなかったんですけどっ……!」

「謝ることない。そりゃ、すぐ後ろのテーブルで大声でそんな話してたら、聞こえて当然だよな」


来栖さんはそう言いながら困ったように笑って、狭く低い東京の空を見上げながら、はあっと深い息を吐いた。


「……聞き流してくれていいから……話していい?」


目線を上向けたまま、来栖さんがポツリとそう言った。
「え?」と聞き返しながら顔を向けても、彼は宙を見据えたまま。


「振られた……って思われてるみたいだけど、本当のところはどっちだかわかんないんだ」


言葉の意味がイマイチわからず、私は来栖さんの横顔を見つめた。
聞き流していいと言われてしまったから、「どういうこと?」と聞き返してはいけない気がして、ただ黙ったまま彼の唇が紡ぐ言葉に耳を傾ける。


「『もう無理だ』って別れを告げたのは俺の方。……だけど、心が離れていってたのは彼女の方」


来栖さんは静かにそう言って、スーツの胸ポケットからタバコのボックスを取り出した。
わずかに目線を落として一度箱を開けかけながら、結局取り出すことなく胸ポケットに戻す。


「……見ちゃったんだよねー……浮気現場」


今度は目を伏せたまま、彼は小さくそう呟いた。
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