妻に、母に、そして家族になる
公園で見たハルくん悲しい笑顔が思い浮かぶ。

あの笑顔は母親がいなくて寂しかったからじゃなかった。

母親に虐待されていたときのことを思い出していたからだったんだ。

あの子が抱えていた悲しみは、私が想像していたよりも遥かに重くて暗いものだった。

母親から受けた虐待の傷は、体は癒えても、心にはまだ深い深い傷跡があるのだろう。

そして、この人の心にも傷が残っている。

話しが終わると再び沈黙が息を吹き返した。

私達は一言も話さないまま、時間だけが過ぎていく。

車が駅の駐車スペースに止まると、シフトレバーが上がり、鍵が開く音がした。

「今日はありがとう」

「……いいえ」

シートベルトを外し、ドアノブに手を掛けた。後は引いて外に出るだけなのに、その手は動かない。

このままドアを開けて、車を降りてしまっていいのだろうか。

そっと彼の方を見る。

「信濃さん」

今、私ができること。

できることは……。
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