クールな御曹司と溺愛マリアージュ

「……ではそういうことで、今日の会議は終わりにしたいと思います」


営業部長の言葉で会議が終了すると、私はまた下を向いたまま成瀬君の背中に隠れるようにして会議室を出た。


一刻も早くこの場を立ち去りたいけれど、佐伯さんと拓海さんはワームの社員と名刺交換をしている。

あまり会う機会はないし、今交換するのは当然かもしれないけど……早くここから離れて有希乃ちゃんのところに行きたい。


俯いたまま佐伯さんの背後に立ち、クイッと袖を軽く引っ張った。

「なんだ?」

「あの、私経理課に行ってもいいでしょうか?」

低い声を出して振り返った佐伯さんになるべく小さな声で伝えると、「あぁ」とひと言返事をしてくれた。


私は急いで俯いたままエレベーターに乗り込む。

けれど、閉まる寸前で扉に手を掛けて誰かが入ってきた。


「久し振り」


その姿に、私は口を開けたまま何度も瞬きを繰り返す。

落ち着こうとするのに、心臓の激しい揺れが動揺を伝えてきて、声が出ない……。


やっぱり、あの場にいたんだ……。

呆然としている間に、エレベーターの扉が閉まる。


「恵梨……だよね?」

久しぶりにそう呼ばれ、私は黙ったまま頷く。

昔より少しだけ伸びた髪は黒髪だったはずなのに、自然なブラウンに染められている。


「元気だった?まさか恵梨がワームデザインに行ってたなんて驚いたよ」

私の心にトラウマを残して去って行った人とは思えないほど、軽い口調で笑顔を見せてきた。


何一つ返事が出来ないまま二階に着くと、私は「急いでいるので」と小声で呟きながら頭を下げて足早に経理課へ向かった。


あれだけ会いたくないと願っていたのに、二年振りの再会がエレベーターの中だなんて。

こんなことなら佐伯さん達と一緒にいればよかった。

でも特別な会話をしたわけではないし、河地さんのことだから元カノだという記憶すら無くなっているかもしれない。




< 117 / 159 >

この作品をシェア

pagetop