【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 夜空が映し出されるかと思っていた天井のガラスの向こうにあったのは、月の光が反射した水の中特融の揺らぎだった。

"御名答。君が最初にこの辺りを訪れたとき川の中を覗いていただろう? 見た目では流石にわからなかったようだけどね"

「……しかし、これほど巨大な城を沈めるなど――」

"それが魔法というものさ。
最も最初からここにあったわけではないがね。時代によって必要とされる力にも違いがある。私が生きた創世記の悠久はあまりにも危険が多かったのだよ"

「…………」

 <初代王>の言いたいことは痛いほどにわかる。
 ヴァンパイアの餌食となった力を持たない悠久の民。日の光が奴等の侵入を妨げたとしても、ヴァンパイアの王に日の光はなんの役にも立たないのだ。
 だが水の中に城があるとわかれば、ヴァンパイアは追いかけてくるかもしれない。素朴な疑問に突き動かされたキュリオが<初代王>へと視線を戻すと……

"そうさ。水の中が安全というわけではない。私が目を向けたのは反射だよ"

 そう言った彼がキュリオへと向き直ると、光に包まれていた彼の尊顔がゆっくりと姿を現し――

「日の光を、宿した瞳……」

 太陽のことを日と呼ぶ習慣が悠久にはある。
 それは曜日に関係していると思われるが、それぞれを司る神がいると信じられていた時代があったことから、太陽のことを日と呼ぶようになったと言われている。

 まるで太陽を封じ込めたかのような煌めきは人とは思えないほどに神々しく、その煌めきには<初代王>になるべくして生まれてきたような輝きがある。

"皮肉だろう? ヴァンパイアの身を焦がす日の光を宿した瞳だ。まるで最初から戦うことを義務付けられたような……"

 どこか悲しそうに言葉を呟いた彼は、伏し目がちに視線を落として歩き始めた。

「……ですが、民にとって貴方様は希望の光だったはずです。唯一対抗する術を与えられた<初代王>なのですから」

 後の世まで語り継がれる偉大な<初代>悠久の王。
 千年王に匹敵するほどの力をもったとされる<初代>ヴァンパイアの王と激戦を繰り広げた彼が見た地獄絵図はどれほど辛く悲しいものか……。大勢の命をたったひとり背負わされた彼の苦しみがどんなものであったかを軽々しく語ることなど誰にも出来はしない。だが、力を持たぬ悠久の民に圧倒的有利なヴァンパイアがこの国を支配していない今の世を見れば<初代王>の働きが如何に素晴らしいものだったか……それは誰の目にも明らかだった。

 キュリオのその発言にピタリと足を止めた彼は振り返らぬまま呟く。

"我々やこの世界を創造したのは神だ。同時にヴァンパイアという種族を創り出したのも神だ。
神は誰の味方でもなく、敵でもない。ただ神の試練に敗北した世界は滅びる。それだけの話さ。……そして人は敵がいなくなると新たな敵を作り……やがて自ら滅びる"

「……世界が滅びる? 貴方様は何を御存知なのです? まるで滅びた世界を知っているような――」

 あまりに深刻な話をしているせいか腕の中のアオイが怯えるように体を丸めた。
 
「……っ、……」

 不安げに揺れる瞳でこちらを見つめる幼い瞳に胸がズキリと痛む。

「すまない、アオイ……」

"……プリンセスが怯えているね。もっと楽しい話をしようか"  

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