【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 流れるような動作で優雅に歩みを進めていく彼の後ろをキュリオはついていく。外は夜にも関わらず、月の光が何倍にもなって降り注ぎ、透けるように輝いている床や壁、柱を見上げながら進んでいくと――……

「お茶にしよう」

 そう穏やかに微笑んだ彼はひとつの扉をくぐると、慣れた手つきで備え付けのティーセットを立派なテーブルに並べ始めた。

「この部屋は……」

 歴史を感じさせない真新しい調度品の数々に、窓を飾る鮮やかな深紅のカーテンさえ傷みもなく新調されたばかりかのように滑らかで美しい曲線を描いている。

"もちろん当時のままではないさ。私の城だからこそできる魔法もあるのだよ"

 キュリオの反応に楽しそうに答えた<初代王>は淹れたての紅茶と、アオイにはあたためたミルクを差し出してくれた。

"君がこの子と出会ったその日から、世界が変わったかのように華やいでいるだろう?"

「私とアオイの出会いがどのようなものであったか……貴方様は御存知なのですか?」

 キュリオはどこまで彼が知っているのか興味があった。
 出会った瞬間から手放す気など毛頭ないキュリオだが、アオイがどのような境遇下に置かれ捨てられてしまったのか……不明な部分が解き明かされる唯一のキーマンかもしれないのだ。

"……もちろん。ふふっ、君が子犬のように激しく尻尾を振っていたのをここから見ていたよ"

「…………」

(いまの間はなんだ?)

 さらに意味深な間と共に<初代王>が一瞬神妙な面持ちになったのをキュリオは見逃さなかった。

"君はこの子に出会って真実の愛を見つけたようだね"

「仰る通りです。これまでの私にとって愛はこの国に生きる万物へ平等であるべきだと、ずっとそう思っておりましたから」

 かつての王たちもそうだった。そうあるべきだと教えられ、唯一の愛を見つけてしまえば"それが"弱点になり得るからだ。 
 膝の上であたたかいミルク瓶を手にしたままキュリオの顔と<初代王>の顔を交互に見つめるアオイと視線が絡んだ。キュリオが優しく微笑むと、瞳を見開いた彼女は愛らしい顔に笑顔の花を咲かせる。
 
 見つめ合うふたりの美しい光景を目にした<初代王>は一度目を伏せてから話を続ける。

"真実の愛とは、その者のすべてを受け入れることだ"

 穏やかな口調ながらも、まるで問うように語りかけてくる彼にキュリオは静かに頷く。

「これから先、アオイがどのような道を歩もうとも――」

"運命を変えるのは容易ではない。それが天命であれば尚のことだ"

 キュリオの言葉を遮るように口を開いた彼の声には覚悟を求めるような……そんな厳しさが含まれていた――。
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