【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
 朝の湯浴みを終えて広間へと姿を現したキュリオとアオイ。中庭へと続くテラスへ出るとひんやりとした朝の空気を肌に感じながら風の中に混じる悠久の大地の香を取り込む。
 今日も変わらぬ美しく穏やかな悠久の国。王が途切れぬ限り、この平穏は永遠に続くに違いない。

「………」

(しかし逆を言えば……王がいなければ成り立たない世界、か……)

 王が居ない世界を知らないキュリオだが、王が居なくなった場合どうなってしまうか? 想像すると心が痛む。
 そうなってしまっては、この五大国で圧倒的不利になるのは悠久の民だからだ。
 他四大国の民は個々の能力や寿命に長けており、狩られるのは力を持たない悠久の民であろうことは明らかだった。

(……王に依存した世界……)

 それが正しいのか間違っているのかはキュリオにもわからない。
 だが、初めから不平等下に成り立っているこの世界が均衡を保つためにも王は必要だったのかもしれない。

(ならば同じ人種で成り立っている世界に、王はいないのだろうか……?)

 キュリオとて理屈上、自身が見ているこの世界ばかりではないことはわかっている。

「いつか会えるだろうか……異世界の王に」

 <初代王>の思念体と出会ってからというもの、どのような目的でこの世界が創られたか……その部分を考えずには居られないのだ。

「いや、あまり遠くを見すぎるのはよくないな。私にはこの国と……この子がすべてだ」

「…………」

 自身の腕の中からジッとこちらを見上げているアオイはまるで話を聞いているように耳を傾けていたが、愛にあふれたキュリオの視線が絡むと、その大きな瞳は弧を描いて嬉しそうに笑った。
 ふたりの間に甘やかな時間が流れ、もうしばらくこうしていたいと望むキュリオの願いは早々に打ち砕かれた。

「キュリオ、アオイ姫!」

「キュリオ様……っアオイ姫様!!」

「おかえりなさいませ! キュリオ様、アオイ姫様!!」

 息を弾ませて広間へと飛び込んできた三人の声が変わらぬ日常を思い出させてくれる。
 一日ぶりの再会となった腕の中のアオイも気づき、満面の笑みと声を上げて彼らを迎える。

「君たちの笑顔を見ていると、いま私のすべきことが鮮明に見えてくるよ」

「んー? いまのキュリオ様がすべきことって……朝食を食うことかっ!」

「はぁ……キュリオ様がそんなことで御悩みになるわけないだろ」

「きゃははっ」

 カイとアレスのやりとりをいつも楽しそうに見ているアオイはふたりの明るい雰囲気が大好きなようだ。

「おはようアオイ姫。……どうしたのキュリオ。なにかあった?」

ダルドがアオイを見つめるとき、その切れ長の瞳はとても優しくあたたかな光を宿すことに彼は気づいているだろうか?

「……なんと言えばいいかな。そこに答えがあるのかと思っていたが……」

 珍しくキュリオの歯切れの悪い言葉にダルドは眉をひそめて言葉を紡いだ。

「何があっても僕はキュリオの判断に従うよ。いつだって君は正しいから」

「……ダルド、ありがとう」

(ダルドの信頼を裏切らぬよう、私も期待に応えなければならないな)


 数多の命運を握るキュリオが判断を誤るわけにはいかない。
 それが如何に辛く、悲しい決断を迫られたとしても――。

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