【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
(やわらかくてあったかい……草の上でねむるのってこんなにきもちいいんだ……)

 あまりの心地よさに頬擦りすると、優しくクスリと笑う声が聞こえた。

「……?」

 重い瞼を擦りながら目を開けると――
 さらに心地よい感触に逆の頬を撫でられる。

「まだ眠っていていいんだよ」

 どうやらアオイは父親の腕枕に頬擦りしていたらしい。愛らしいその仕草に目を細めていたキュリオの顔がすぐそこにあった。

「…………」

 しばらくの間キュリオの瞳を見つめていたアオイはふと我に返りあたりを見回す。

(エクシスさま……?)

 だが、そこにはエクシスの姿どころか美しい湖も柔らかな草もなく、見慣れた寝室だった。

「夢でも見ていたかな?」

 肩肘を付き、高い位置からアオイを見下ろしていたキュリオは、夢と現実の区別がついていないであろう愛娘を安心させるように頬を繰り返し撫でた。

「……」

(……ゆめ?)

 まだ小さなアオイには夢というものが何なのか理解に難しいところがあった。

「もう少し眠るかい? それとも――」

「んーん」

 小さく首を振りながら体を起こし、キュリオが起き上がるのを待ってだっこをせがむ。
 長く美しい手が伸びてくると、キュリオの首へと腕を回したアオイとキュリオは互いの体温を確かめ合うようにしっかりと抱き合う。

「目が覚めているのなら湯浴みへ行こうか」

 少し体を離したキュリオはアオイへ同意を求めるように視線を合わせると、コクコクと頷いた彼女を抱えて湯殿へと足を向ける。
 
 歩みながらアオイの寝間着を脱がせ、自身の衣を手際よく脱いでいくキュリオが湯煙の中へと消えていくまでその足は止まらない。 
 大人しくされるがままに身を委ねていたアオイはその小さな肩が湯に浸かると、父の手を離れて湯の中へ身を鎮めようと前のめりになる。

「うん?」

 前へと重心が移動した娘の胸元を支えながら首を傾げて顔を覗き込むと、キュリオに気づいたアオイが頬を染めて笑いかけてくる。

「へへっ」

 アオイのしっとりと塗れた柔らかな髪からは雫がポタポタと流れ、指先でそれを拭ったキュリオは彼女のしようとしていることを理解し、互いに向き合うようアオイの体を持ち替えた。

「さぁ、これでいい。私の手を離してはいけないよ」

 そう言うと膝から自分を下ろしたキュリオの手をアオイはしっかりと握りしめて足踏みを開始した。

「きゃはっ
いーち、いーち……」

 嬉しそうな声が湯殿に響き渡る。
 アオイはもっと歩きたいとキュリオの手を放そうとするが、大きな手はそれを阻んでアオイの体は捕らわれてしまう。

「?」

「……急いで独り立ちしなくていい。もうしばらくは私の手の届くところに居ておくれ」

(いまはまだ手に収まるほどに小さなアオイを全身で感じていたい。
……叶うなら……誰の目も届かぬところへ、いつかふたりで――)

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