【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「立てるか?」

 うっとりと目を閉じていたエリザは声さえも美しい青年にそう問われようやく目を開いた。

「は、はいっ……」

 夢の終わりが来てしまったと、少し残念な気持ちを胸に地に足をつけたエリザは青年が扉を開く動作にさえ見とれて立ち尽くす。

「……」

「……っ」

 その様子に気づいた青年は彼女の調子が悪いのだろうと考え、再びその身体を抱いて室内へ入っていく。
 咄嗟のことで言葉を詰まらせたエリザは、その紳士的な振る舞いをみせる彼にますます想いを募らせていく。

(この御方は優しくしてくださっているだけなのだから……勘違いしては駄目……、なのに……)

 キュリオは長椅子に彼女を座らせると、露出の多いドレスを纏ったその身体に自分の上着をかけてやる。そして、日に焼けた健康的な肌をもつ彼女の瞳を見つめてから一度離れると、傍にあるグラスに水を注いでから再び戻ってきた。

「大した精神力だ。少し休めば大丈夫だろう」

 心に落ちてくる穏やかな青年の声。気遣うような優しい眼差し、水を差しだしてくれる繊細な指先に縋るようにエリザは手を伸ばす。

「……あ、ありがとう……」

 薄暗い室内。わずかに聞こえる外の喧騒がとても遠く感じられるほどの静寂がふたりを包んでいる。
 エリザは自分の鼓動がこの青年に聞こえてしまうのではないかと気が気じゃない。青年は紳士らしく距離をとった窓側に寄りかかり、腕組みをしながら窓の外を静かに見つめている。月明りに照らされた品のある顔立ちにエリザは見覚えがあった。

(どなただったかしら……ううん、そんなことはどうでもいいの。この御方のことが知りたい。
このままさよならなんて嫌! ……そ、そうだわ! せめて御名前をっ……!)

「あ、あの……! 貴方の御名前をっ……」

「……」

 エリザの声に視線をこちらへ向けた青年。絹糸のような銀の髪が美しい絵画を縁取る額縁のように煌めき、空色の瞳は一転の曇りもなく青年の人格をあらわしたように澄んでいる。
 青年に名を名乗る意思があったかどうかわからない。だが、一瞬の沈黙ののち、その静寂は別の人物によって破られた。

「エリザ!!」

 バターン! と扉が吹き飛びそうな勢いで開け放たれ、雪崩れ込んできた三人の少女たちがエリザを取り囲んだのだ。

「起きてて大丈夫なのか!?」

「エリザ、怪我してない!?」

「エリザ、エリザ……ッ! よかった!!」

 熱く抱擁してくる親友のあたたかさに驚きつつも嬉しく抱きしめ返すエリザ。

「何が起きたか自分でもよくわからないの。でももう大丈夫、そちらの御方が私を介抱してくださったから」

 彼女たちひとりひとりの目を見ながら安心させるように言い聞かせると、彼女らの視線は一斉に青年へと向けられる。

「……あっ!!」

 突然どこからともなく舞い降りてエリザを抱えて行ったあのときの青年の姿がそこにはあった。
 そして彼の正体は数秒後に雪崩れ込む大魔導師によって明らかになる。

 バターンッッ!!

「キュリオさまぁああ!!」

「えっ!? キュリオ様っ!?」

 息も止まるほどの衝撃が彼女らに走る。目を見開き、開いた口をいつまでも閉じることができない。そして一番動揺しているのがエリザだ。

「あ、あたくしっ……キュリオ様に抱かれっ……」

「えぇえええっっ!?」

「……あ、抱かれたというのは、そういう意味ではなくてっ……」

 すぐさま別の衝撃がエリザの口から発せられると、耳まで赤くしたエリザはあまりの気恥ずかしさにキュリオの上着で顔を覆った。
 彼女らの言葉など聞こえていても眉ひとつ動かさないキュリオは駆け込んできたガーラントらが連れてきた女を鋭く見据えている。

「女を連れてまいりました!!」

 後ろ手に縄を縛られた幻術の使い手の女は捕らえられた際に揉み合ったものとみられ、鮮やかにひかれた紅に混ざって血が滲み露出した肩や足にも傷を負っていた。罪人として王の前で蒼白になり震える女の顔に見覚えがあったエリザは声をあげた。
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