【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「……あなた、あのど素人の踊り子ね」

 騒いでいるところをエリザに痛いところを突かれ、逆上し襲ってきたあの形ばかりの踊り子だった。
 その言葉に強い恨みの念を秘めた女の視線がエリザへと向けられる。

「そのど素人の踊り子の幻術に……太刀打ちできなかった魔術師もどきがっ!!」
 
 綺麗な化粧ももはや化けの皮が剥がれた仮面のごとく無意味なものとなって女は本性を剥き出しにするが、幻術と聞いて顔色を変えたマリ―は、彼女が悲鳴をあげて倒れた理由をようやく理解し、怒りのままに声を荒げた。

「……幻術!?
ふざけるなっ! あんたはエリザに注意されて逆恨みしただけだろ!?」

「……」

 女たちの激しい言い合いにキュリオはここに至るまでのいきさつを何となく理解し、幻術の使い手である女の逆恨みであることに違いないと判断する。
 すると、隣にてキュリオの様子を伺っていたガーラントは懐の違和感に気づいて何やら衣の内側を探っていると……

「……キュリオ様、アレスからですじゃ」

 懐から取り出した小さな紙は対になっており、ひとつはガーラント、もうひとつはアレスに渡してある魔法がかけられた特殊なものである。力がない者でもその紙に文字を書けば、もう一方の紙へ文字が浮き出てくる仕組みである。
 出先のキュリオらへ言葉を送られてくるのはかなり珍しい。些細なことで王や大魔導師の手を煩わせることなどあってはならないというのが当然の考えだが、その些細なことも”誰についてのことなのか”が重要視されるため目を通すまで気が抜けないのだ。

 ガーラントから差し出された紙を手にしたキュリオは、連なる文字を目で追いながら女たちへ背を向けるように窓側へ歩き出す。
 他の者の目にはキュリオが月明りで手紙を読んでいるようにしか見えないが、アレスが書き続けているためいつまでも言葉は続いているのだ。

「…………」
 
 キュリオの長い睫毛が小さな影を落とす。視線の先に連なる文字を目で追うキュリオは簡単な挨拶のあとに続く文字の中にダルドとアオイの名を見つけると、真剣さを帯びたその目はアレスの言葉を読み終えるまで一度も瞬きすることなく開かれたままだった。

「キュリオ様……」

 早々にアレスの言葉がキュリオ宛だと把握したガーラントは、全貌を知らぬままキュリオへとそれを手渡したため気が気じゃない様子でキュリオの様子を伺っていた。
 一度目を伏せたキュリオはアレスの言葉が連なるそれをガーラントへ渡し、重い口を開いた。

「……些か気になる内容だ」

 キュリオの声のトーンからガーラントは嫌な予感を胸に抱きつつ震える手で文章に目を通す。
 
(アオイを連れてくるべきだったか……)

 以前もそうであったように、謎の悪夢がアオイを危機的状況へと陥れる。そして此度の白昼夢と思われるそれも単なる幻だと見過ごすことはできないのも理由がある。

(……刀など見聞きしたことさえないアオイの口からその名がでるのは偶然とは思えない)

 見えないところで彼女の身に異変が起きることがなによりも恐ろしい。
 アオイを抱いたその瞬間からキュリオは愛する者がいる幸せと恐怖を身を以て思い知った。そしてそれはアオイが生を全うするその日まで続くのだろうと覚悟しながらも、彼女の死に目に自分が冷静で居られる自信などあるわけがない。誰もが直面するその逃れられない運命に抗おうとするかもしれない。それくらい大事で大切な娘に異変が起きているとあらば、すぐにでも抱きしめて自身の持てるすべての力で彼女を守りたい。

 しかし、このような輩がいる限り城の中にいるほうがやはり安全なのだ。
 目の前で繰り広げられる女たちの口論を遠くに聞いていたキュリオ。キュリオに仕える従者たちが女たちを諫めるも誰も聞く様子がない。いつもは大臣らに任せる小さないざこざだったが、目の前で起きた愚行に目をつぶれるわけもなく……だが、この夜のキュリオはアオイのもとへ飛んでいきたい気持ちが大きく虫の居所が悪い。

 観察眼の優れたエリザはキュリオのそんな一部始終をこっそり盗み見していた。

(手紙を読んだあたりからキュリオ様の様子が変わった……もうあたくしたちには興味がないみたいね……)

 だが、エリザが思うほど薄情なキュリオではなかった。

「減らず口を叩くのもそこまでだ」

 キュリオの不機嫌さを含んだその言葉はその場を凍りつかせるには十分だった。ビリビリと足元から駆け上がってくる見えない冷気が女たちを一瞬にして黙らせ、咎められているわけではないとわかっていても金縛りにあったように身動き一つとれなくなったエリザたち。
 ゆったりとした所作で幻術の使い手の前へ歩み出たキュリオは冷え切った眼差しで女を見下げて言い放つ。

「悪意のもとに力を使った者の末路を身を以て知るがいい」

 いつもは穏やかな慈愛の光を宿したキュリオの瞳だが、いまは咎人を罰する容赦ない断罪人の冷酷な光を宿している。
 
「……!! キュ、キュリオ様っ……! お待ちくださいっっ!!」

 こんなはずではなかった。
 誰もが見惚れる高貴な眼差し。その視線に囚われたい。その声で自分の名を呼んで欲しい。月の光の下で指を絡め、囁いた愛の言葉ごと唇を奪われたい――。
 磨き上げた自慢の女の色気を振りまいて、この美しき王を虜にしあわよくば妃の座へと――、安易に抱いていた欲望が一転、いまは重罪人として縄に掛けられている。
 
 ガクガクと無残に震えた唇は色を無くし、自分の意思とは無関係に引いていく血が体の熱を奪い思考回路を次々とショートさせていく。


「……っか、必ずお役に立ってみせます!! ……ですから、どうかどうかっっ!! 
挽回のチャンスを!! キュリオさまぁああっっ!!」


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