足踏みラバーズ
「恵美、今日飲みに行かない? お酒がアレだったら、ご飯だけでも」
「そうね。私も久しぶりに百合子と話したいって思ってた」
「……そっか、良かった!」
総じて会話はいつも通りのように感じたけど、なぜか今日は現地集合の約束をした。
いつも決まってエントランスで待ち合わせをして、居酒屋まで一緒に歩いて行っていたのに。
不穏な予感は禍々しささえ感じられる。
夜になって、一人で指定されたお店に向かう道中、勇気を奮い立たせてよし、と、鼓舞したところで、生粋の農家の娘なのに勇敢な武将になったような気がしていた。
「百合子!」
「えっ、なんで……」
ひらひらと手を振って、先にお店にいた恵美よりも先に、その隣に座る男の人が目に入ってきた。
その人は挨拶も交わさず、煙草の煙をぷかぷかさせていた。
「百合子、聞いて。私たち、つき合ってるの」
きれいな孤を描いた口は、なぜか不自然に吊り上がっているように見えて、頭を男の人の肩にぴと、とくっつけていた。
それを抱きよせるわけでもなく、はたまた嫌がるわけでもなく、ただじっと、どこか遠くを見ていた。
「彼氏の、瑞樹くん」
あ、同級生だっけ、とわざとらしく言う恵美に背筋が凍る。
ええ、そうですとも! なんて明るく同意できるわけもなく、うん、と小さく頭を縦にふった。
ちょっとでいいからトイレに立ってくれないかな、その携帯に急用の電話がかかってこないかな、ちらりちらりと恵美を観察していたけれど、1ミリも隙が無い。
ちょっと待ってよ、聞きたいことが山ほどある。
彼氏ってなんだ、つき合ってるってなんなんだ。冗談もほどほどにして、瑞樹の強張った顔を見てよ。
そんな願いは全く叶う様子もなく、私の不満はぐるぐると体内を駆け巡って、すぐにお酒がまわりそうだった。
「あ! そういえば、彼氏できたらお祝いにおごるって言ってくれてたよね?」
……その相手が瑞樹じゃなかったらね。
瑞樹の腕に手をすべらせ、見せつけるかの如く、喜々として話していた。
私の不満が伝わらないように、満面の笑みで「今日だけ特別だからね!」と1万2千円の高い出費がついた。