足踏みラバーズ
ぱたぱたと、その声の元に駆け寄る。
前髪が変な方向にうねっていて、「そんな焦ってどうしたの」と笑って髪の毛を撫でてくれた。
「蒼佑くん、あのね、」
そこまで言って、言葉を、飲み込んだ。
この前は、勢いにまかせて彼に電話をしたけれど、よく考えたら元彼がどうのこうの、なんて相談するのはおかしいのかもしれない。ちぐはな感情が頭をよぎって、ぐるぐる思考回路が動き続けている。
「どうしたの?」
心配そうに、顔を覗き込んでくる。私を落ち着かせるように、背中をずっとさすってくれた。
「あの……」
「ん?」
「……最近、仕事忙しそうだね。12月だもんね」
悩みのタネとは関係ない、本筋から外れた言葉が出てきてしまった。
こてっと頭を傾けて、不思議そうに見つめてくる視線が、居心地の悪さを加速させる。
「ほんとにどうしたの?」
何かあるなら言って、と髪を梳くように優しく触れてくる。
「あの、……最近、瑞樹、どうしてる?」
「え? 普通に元気にしてるよ? あ、でも早く帰ってるかな、わりと。喫煙室でもあんまり会わなくなったし」
「……そっか」
「気になる? 瑞樹のこと」
「ううん! そういうわけじゃない。ごめん、変なこと聞いて」
本当に、聞きたかったことは聞けなかった。なんとなく、言ったら壊れるような気がして。
「最近どう?」とLINEを送った。
メール不精で、用件以外のことは滅多に連絡しない、自分の文面にしては白々しい。
電話番号もアドレスも、消してしまってわからない。
同窓会の連絡をしたりするのに大勢でグループLINEを組んでいて、その中に瑞樹も入っていて。
それが唯一、瑞樹と連絡をとれる方法だった。
もちろん、そんな大勢の前ではなく、ひっそりと、個人的に連絡をした。
ほどなくして、既読がついているのに気づいた。逸る気持ちを抑えて携帯の画面を見ると、
普通。あんま連絡してくんな
と、素っ気ない短い文面だけが虚しく主張している。
じっと見つめていたら、いつの間にか、真っ暗な画面に変わってしまっていて、胸のざわめきを加速させた。