足踏みラバーズ



 仕事帰り。


既に21時をまわっていたけど、あの素っ気無い文面が気になって、瑞樹の家の前まで来てしまった。




仕事を終えて帰ってきた住人らしき人達が、インターホンの前で佇む私を不思議そうに見ては、すみません、と鍵を差し込んで、扉の向こうに吸い込まれていく。

オートロックの透明なガラスの扉は、外からでもクリアに中の様子を見せてくれるけど、その向こうには簡単に立ち入ることができない。


不審者と勘違いされるのも時間の問題かもと、やっとの思いでインターホンを押した。








 ピンポーン ピンポーン ピンポーン


 自分で押しておいて驚いてしまった。



一度ボタンを押しただけなのに、リズミカルで軽快な音が何度も鳴り響く。以前は自分も住人と同様に鍵を使って入っていたから、チャイムの音にはあまり馴染みがなかった。






「……はい」



 疲弊しきった声が、機械の中から聞こえてくる。



「瑞樹? 遅くにごめん。急に来ちゃって、」



 こちらの言葉が言い終える前に、一人? と尋ねてくる。そうだよ、と伝えると扉が開いて、早く入ってと言葉少なに告げ、インターホンを切られてしまった。

住人しか受け入れてくれないその扉が閉まる前に、足早に中に入った。







 瑞樹の部屋の前までくると、チャイムを押す前にドアが開く。



腕を強く掴まれて、ドアが閉まる頃には瑞樹の腕の、中にいた。

ゴチンと鈍い音をたてて、硬い扉に頭をぶつけてしまった。いてて、と小さな声で唸ると、片方の手で、頭をさすってくれる。


それでもなお、強く抱きしめられて、次第にずるずるとドアを背にしてずり落ちた。



「瑞樹、痛いよ」



 ぎゅうぎゅうと抱きしめる力が弱まることはない。

それどころか、肩に顔を埋められて、なおのこと強く抱きしめられる。

ゴツゴツとした腕や肩に違和感を感じて、私がつき合っているのは蒼佑くんのはずなのに、瑞樹の背中に手をまわしてしまった。ぐっと隙間を埋めるように。




「……痩せたね」





 ぽつりと呟くと、ようやく腕の中から解放されて、部屋まで手を引っ張られる。靴を揃える暇もなく、片方のパンプスが、廊下にのってしまっている。

気づいているのかいないのか、そんなことは気にも留めずに、部屋に入ると再び抱きしめられた。




「わり。ちょっとだけ」



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