足踏みラバーズ



 こうさせてと、まわされた腕を振り払おうとは思わなかった。


先程と打って変わって弱弱しく抱き寄せるのを、とてもじゃないけど否定できなくて。



蒼佑くんに黙って瑞樹の家に来てしまって、罪悪感があったのは確かなのに、それすらもどこかへいってしまった。

最低だと、自分を罵らなかったのは、気づけばその罪悪感すらも、おぼろげになってしまっていたからだった。

 




しばらく瑞樹の腕の中でおとなしくしていた。

落ち着きを取り戻したのか、ゆっくり体を引き離して、ソファーを背にして寄りかかる。わりぃと一言謝って、大きな溜息を吐いていた。





「げ、元気でしたか」



 場の空気にそぐわない、へっぽこな台詞が出た。元気がないのは一目瞭然。なんなら声色で疲弊しきっていることは明瞭なのに。



「ふっ、なんだよそれ」

「……ごめん」

「や、いいわ、元気出たし」

「ん?」

「元気に、今なった」



 そうですか、と柔らかく微笑む瑞樹に安堵する。





「てかお前なんで来たの」



 素っ気ない物言いは、先ほどまで意気消沈だったのを感じさせない。今それ言う? と笑って返した。



「いや、だってなんかアレじゃん」

「あれって何」

「だからほら、あれ、……なんで恵美の彼氏とか冗談言ってたのかな……なんて……。とてもそうは見えない、気がしてですね」

「何、心配してきてくれたわけ」

「心配というか、まあ、そうなんだけど……」



 段々と尻すぼみになる声。嬉しそうに頭をガシガシ撫でられて、一転、真面目な顔つきになっていた。



「冗談じゃない」

「え」

「……冗談じゃないと、あいつは思ってる」



 何それ、と疑念の目を向けた。




 確かにつき合っていると言っていた。声高らかに、彼氏の瑞樹だと宣言していた。




瑞樹は、死んだ魚の目をしていたけれど。




< 117 / 167 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop