足踏みラバーズ
こうさせてと、まわされた腕を振り払おうとは思わなかった。
先程と打って変わって弱弱しく抱き寄せるのを、とてもじゃないけど否定できなくて。
蒼佑くんに黙って瑞樹の家に来てしまって、罪悪感があったのは確かなのに、それすらもどこかへいってしまった。
最低だと、自分を罵らなかったのは、気づけばその罪悪感すらも、おぼろげになってしまっていたからだった。
しばらく瑞樹の腕の中でおとなしくしていた。
落ち着きを取り戻したのか、ゆっくり体を引き離して、ソファーを背にして寄りかかる。わりぃと一言謝って、大きな溜息を吐いていた。
「げ、元気でしたか」
場の空気にそぐわない、へっぽこな台詞が出た。元気がないのは一目瞭然。なんなら声色で疲弊しきっていることは明瞭なのに。
「ふっ、なんだよそれ」
「……ごめん」
「や、いいわ、元気出たし」
「ん?」
「元気に、今なった」
そうですか、と柔らかく微笑む瑞樹に安堵する。
「てかお前なんで来たの」
素っ気ない物言いは、先ほどまで意気消沈だったのを感じさせない。今それ言う? と笑って返した。
「いや、だってなんかアレじゃん」
「あれって何」
「だからほら、あれ、……なんで恵美の彼氏とか冗談言ってたのかな……なんて……。とてもそうは見えない、気がしてですね」
「何、心配してきてくれたわけ」
「心配というか、まあ、そうなんだけど……」
段々と尻すぼみになる声。嬉しそうに頭をガシガシ撫でられて、一転、真面目な顔つきになっていた。
「冗談じゃない」
「え」
「……冗談じゃないと、あいつは思ってる」
何それ、と疑念の目を向けた。
確かにつき合っていると言っていた。声高らかに、彼氏の瑞樹だと宣言していた。
瑞樹は、死んだ魚の目をしていたけれど。