妖狐の花嫁
そして 大きな襖の前で止められて
椋さんが、静かにそこを開ける。
中では、笑顔でこちらを見る黒田くんが先に座っていた。
「おはよう華。昨日はよく眠れた?」
「………。」
彼は平然と私にそう尋ねて、
朝食の置かれた机の上で
頬杖をつく。
私は何も返さずに部屋に入ると
彼の向かい側に用意された座布団の上に
静かに座った。
…よく笑顔でそんなこと言えるよね。
「そんな顔しないで華。
可愛い顔が台無しだよ。」
「………。」
「機嫌直して?
華の大好物を用意させたんだ。」
柔らかい笑みを浮かべたまま
私にそう言う黒田くん。
そう言われて机の上を見てみれば
確かに…私の好きなものばかり置かれている。
…どうせこれも、彼の妖力か何かで調べて作らせたに違いない。
私はそれらを見ながら 少し目を伏せて
昔の自分の生活を思い出す。
『もう朝ごはん出来てるから
ちゃんと食べてから家でてね〜?』
最後に交わした お母さんとの会話。
……いつもお母さんが作ってくれた料理が
今こうして目の前に全てあるのに。
毎朝1人で食べていた朝ごはんより
ずっとずっと…寂しい。
(あの時、真っ直ぐ家に帰れてたら…
こんなことにならなかったのかな。)
そんなことを考えて
私は自分の方向音痴を酷く恨んだ。
道に迷わなければ
小さい頃に彼と出会うこともなかったし
ここへ来ることも…なかった。
どうして……どうして、私は……。
「───華。」
「!!」
1人でそんなことを考えていれば
不意に…目の前の彼が 低い声で私の名前を呼んだ。
ハッとして前を向けば、
彼が笑みを消して こちらを見ていた。
「そんなこと、考えちゃダメ。」
「っ……私の考えてること、分かるの?」
「もちろん、分かるよ。
…華、俺らの出会いを否定するのはダメだよ。」
今まで、ずっと笑顔を浮かべていた彼が
表情を険しくしながら 私にそう言う。
その表情に一瞬ビクッ、とするものの
彼はすぐに表情を元に戻した。