今日も明日もそばにいて
「ふぅ。やれやれだな。お、二人で個室か…そうか、秘密厳守って事か」
「ああ、どうせならゆっくりしたいし、まあ内緒話だからな」
「内緒ね…」
お通しとビールが運ばれて来た。
「取り敢えず、今日もお疲れさん」
「ああ、お疲れ」
軽くグラスを合わせ、互いに口をつけた。
「はああ、旨い!なんてったって、ビールは一口目が最高………で?」
早速、催促だ。
「ハハ。ああ、まあ急かすなよ。ん…。実は、同じ課の杜咲さんとつき合い始めたんだ」
通しの和え物を箸で摘まんだところだ。
「ブーッ!は、ぁあ?…何さらっと…え、お前、え?」
「…いきなり汚いなぁ、もう…。豪快に吹きやがって…」
取り敢えず、手で顔の滴を拭った。
「ば、はっ?…杜咲さんだぁあ?だって、お前…、あの、杜咲さんだろ?
営業一課の美女だぞ?高嶺の花だぞ?
…お前の、その、なんだ、社内恋愛になりそうって言ってた相手って、つまり…、彼女の事だったのか……」
「ああ」
おしぼりで顔とスーツに掛かったビールを拭いた。…匂うな。クリーニングだな。上着を脱いだ。先に脱いでおけば良かった。
「ああ、って…。あ、悪い。俺のも使ってくれ。しかし…、マジか…」
さっき志野田が入念に手を拭いたおしぼりを渡された…。
「それで?俺に、何?」
「…うん。お前、ダミーになってくれるって言ったよな?」
「ああ、言った。言ったけど…そうなると……まさか、俺が、杜咲さんの相手にか?って事だよな?」
「…ああ。何か揉め事が起きた時、いざという時は頼む。いいか?梨香は大丈夫かな」
「あ、ああ、ダミーの事は、する時が来るかも知れないってとっくに話してあるから、いつでも問題無い。梨香は面白がってるくらいだ。心配ない。
人に何か言われても誤解するなって言ってある。それはいい。
あぁ…だけど、…それが杜咲さんだなんてな…マジか…」
「悪いな。妙な事頼んで。変に難しくしてしまったんだ。
俺はつき合ってる事を公にするつもりだったんだけどな」
「だけど杜咲さんがやめるように言った」
「ああ…そうなんだ、だから」
「女心だね〜。内助の功、的な」
「…内助の功?」
「あ、お前解んないのか?」
「馬鹿にすんな、そのくらい知ってるさ」
…言葉の意味は解るさ。
「解ってるさ、冗談に決まってるだろ。違う違う。やめようって言ったことの意味さ。お前に迷惑が掛かると思ったのさ。お前、流石に結婚の話はまだ全くなんだろ?」
「ああ。いくら何でも具体的にはまだ早い。…やっとだ。やっとだぞ?やっと始まったばっかりだ。具体的な話は焦って詰め込んで話さない方がいいだろ。勿論、先を考えてるからずっと一緒に居たいとは言った」
「あ、ばっ、…逆、逆〜。杜咲さんの事を考えたら、結婚って言葉は先にはっきり出してあげないと。何がなんでも、結婚するって。実際そうなんだろ?…現実お前よりちょっと年上だし、三十代だしな。女性からは口に出せなくて、色々気にする事もあるだろ?」
「ああ、確かに」
言われなくてもそこは解ってるよ…。解ってるつもりだ。