今日も明日もそばにいて

それはいい…。距離が多少あっても、早いから歩いて帰り着ける。それに、車はまだ運転しちゃ駄目でしょ。アルコール、残ってるかもしれないんだから。

「ううん、それはいいの、自分で帰れるから。ねえ、ここ、何処?」

「え?何処って…。俺ん家ですよ?」

物分かりが悪いと思われたかも。
少し体を離して困り顔で言われた。…ぁ…綺麗な身体…。

…。

あ、…馬鹿、…何見惚れてるのよ…。

「違うの、住所、住所を教えて欲しいの」

下から見つめて懇願した。

「…え、あ゙ぁ、そういう意味…。え、あー、えっと、〇〇、✕丁目、え〜、✕✕の✕✕です。え、それが何か」

「うん解った、有難う」

「え?あっ」

隙が出来た。なんとか強引にベッドから下りた。

「…先輩」

探すまでもなく、欲しいものは直ぐ目に入った。背中を向けたまま、綺麗に畳んである洋服を手に取り、素早く身に着けた。恥ずかしいなんて…言ってられない。ここは淡々と…色々と動揺を…これ以上晒しては駄目。気を遣わせちゃう。

「神坂君、迷惑掛けたのね、ごめんね、有難う。どういう状態で脱いだのか解らないけど、服、畳んでくれたのでしょ?ここから家までは歩ける距離だから大丈夫、帰る。泊めてくれて有難う」

「ちょっと待ってください!」

…荷物、荷物は。…あった。

「じゃあ、有難う。なんだか色々ごめんね。…また後、会社でね」

「あ…先輩。どうしても帰るっていうなら送りますから、ちょっと待ってください。一人で歩くなんて危ないですから」

ベッドから降りようとするのを制した。後退った。

「大丈夫大丈夫。そのままそのまま。神坂君はこのまま寝て?お願い。大丈夫だから。車はまだ駄目よ?
歩いてたら、もの凄〜い早朝ジョギングの人に会うくらいのものよ。あ、そうよ、その人が男性で、いい感じの人で、もしかしたら、ハプニングに出会えるかも知れないじゃない?だとしたら一人の方がいいでしょ?」

朝帰りの…そう若くもない女は目も合わされないでしょうけど、ふ。そう思いながら、もう玄関に向かっていた。
揃えられていたパンプスに足を入れた。
玄関の鍵をゆっくり開けた。

「じゃあね~、おやすみ、よね?神坂君。有難う、ほんとにごめんね?」

「あ、せめて部屋に着いたら携帯鳴らしてください。心配だから」

「解った。連絡するね?」

開けたドアがゆっくりと閉められた。
コツコツコツコツ…、迷いの無い早い足取りだ。靴音が離れて行くのが早かった。

はぁ………、実季先輩…。先輩はキチンとしたい人なんだ。解ってるけど。何も、こんなに急いで帰らなくても、と思うけど。……まぁ目が覚めてこの状況って、流石に驚くよな…。まずいよな。
…意味も無く、俺ん家に泊まってしまった事が、自分的に許せなかったんだな、きっと。
ハプニングは要らないって言ってたのに。
一人で帰る事で、俺に気を遣わせない為に言ったんだ。何て言うか…。今更認識した。こんな人だったんだな。流されない…ズルズルしない、甘えない、そんなところが男前というか、潔い…。いい。…いいんだけどさ。はぁ。…まだ俺は…。
んー…、これは中々手強いかも、だな。
…さて、どうする…言われたように寝るか…って。はぁ……俺、暢気過ぎるよな。
ここは諦めずに追いかけて、でもって…。んー……どうしたの?って言われるのが落ちか。そんな暇があったら帰って寝ろって。今日も仕事なんだからって、な。……はぁ。くっそー。何やってるんだか…。


先輩が部屋を出てからどのくらい後だろう、…眠れない、眠れるはずもない、うつらうつらしていた俺の頭にメールが来た知らせが響いた。きっと実季先輩だ。携帯に手を伸ばした。

【神坂く〜ん、何にもハプニングに出くわさなかった…。杜咲】

フ…ハハハ。笑っていいのか、悪いのか。でも…良かった。どうやら無事着いたんだな。
これも気を遣ってるな。いいハプニングにも、悪いハプニングにも遭わなくて良かった。無事に帰ったんだ。

フ、何だか…。どうやら俺ん家で、俺と寝た事、一晩過ごした事は、実季先輩の中ではハプニングには入らないらしい。
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