LALALA
「マスター、お会計」


スツールから立ち上がり、マスターに千円札を出した芝崎さんに、私は声を掛ける。


「これからお出掛けされるんですか?」
「適当にプラプラしようかな。季里ちゃんは?」
「私は、これを」


便箋を指差すと、途端にスイッチが入ったみたいにこれまでの笑顔とはほど遠い真顔になった芝崎さんが、真剣な声色で言った。


「その便箋、一枚貰ってもいい?良かったら、封筒も。」



失敗したときのために予備はたくさんあったので、私は快く芝崎さんに便箋と、お揃いの封筒をあげた。

芝崎さんが出ていったカフェは、お昼時を過ぎつつあるせいか、入ったときより幾分がらんとしていた。
悩みながらお礼状を数通書き終えたとき、カフェの外は薄暗くなっていた。

まだ日が長い夏の夕暮れ。
でも、部屋に帰って電気を点けようか迷ったのは、強まった雨足のせいで空がどんよりと暗いから。

パソコンを開いて発注のメールを読む。
足りない材料をネットショップで購入しようとして、キーボードを叩く自分の指先が目に入る。


『そういうの、伝わるよ。やっぱ人柄とかさ、わかるもんだよ 。季里ちゃんが頑張ってるところを見てくれてる人が、必ずいるよ』


あんな風に、自然に言える芝崎さんは、父親までとはいかないけど、やっぱり人生経験が豊富な大人の男性なんだな、と思った。

初めて会ったのは、このアパートに越してきたときだから…二年前。
会えば挨拶とか、世間話くらいはするけど、今日みたいに長くプライベートなことを会話したのは初めて。

私が大学を卒業して、博史が就職した不動産屋にアパートを探してもらって。せっかくだから、同棲しよう、いいタイミングだと思う、と博史に言われたときは、背中に羽が生えたみたいに嬉しくて、浮かれたっけ。

博史は月に一回は、芝崎さんに散髪してもらってた。
そんなに伸びてないけど、また行くの?と思ったこともあったけど、営業マンだから身なりはきちんとしなきゃな、とか言って、博史はわくわくした様子で口笛に降りてった。
きっと、髪を切ってもらうこと以上に、芝崎さんとお喋りするのが楽しかったんだろうな。と、今になって思った。
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