LALALA
芝崎さんの頭に閃いたスタイルがどんなものか想像つかなかったけど、なんだか突然の思い付きが悪いイタズラみたいで楽しくなってきて。
私は自分でもコントロールが効かないテンションで取り敢えず、ぺこりと頭を下げた。


「素朴な疑問なんだけど、美容師と理容師って、資格が違うの?」
「違うよ。理容師は散髪したり、髭剃ったり。美容師はパーマかけたり、メイクしたりだから」
「ふうん?」


子供みたいに純粋に首を傾げた私の頭を、ざっくり。
芝崎さんはなんの前触れもなく、未練がましさもなく、ざくりいった。

じょきじょき、じょきじょき。
鋏を酷使するたびに、床に、私の髪の毛が積もる。
どんどん降り積もっていくそれを目で追いながら、掃除は手伝おう、と思った。


「芝崎さんは、理容師なんだよね」
「そ、美容はもってないよ。うち、もともとは代々理容師の家系でさ。この店を含め、建物全部、受け継いだんだ。」
「ああ、そうだったんですか…」


なるほど、それでオーナーって訳か。

それから少し、芝崎さんの実家の話をした。お父さんは今、格安と短時間が売りの理容美容のチェーン店を運営する事業をやってるそうだ。CMとかよく流れてる、お洒落で有名なお店だった。

「すごいじゃないですか、お坊っちゃんですね」と、私が言ったら、「俺には関係ないよ。俺は、ここでのんびりやってくから」と。笑いながら謙遜した。

芝崎さんはお父さんみたいな侍で、床屋のおっちゃんで、誰もが知る大きな会社のお坊っちゃん。なんか、ややこしい。

切ってるときの芝崎さんは、真剣な眼差しだった。
今日のお昼に隣のカフェで、人生の先輩っぽいことを言ってくれたときの顔つきと同じだった。

芝崎さんにはいろんな肩書きがあるけれど、私にとっては今日一日で私のことを一番よく知る、腕は確かで優しい理容師さんであることは間違いない。

切り終わる頃には、涙と雨でべとべとだった顔が、さっきよりも心なしかさっぱりしていた。
相変わらず、幽霊みたいに青白い顔色で、目の回りだけが真っ赤に腫れぼったいけれど。それでも。
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